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鹿児島(3)

ホテルに着くと、タクシーに人が寄って来る。わ!なになに?・・・ドアを開けてくれる。女性のスタッフが荷物を持って先に立ってくれる。あぁ、ここはホテルなんだ。さすが、昨晩泊まったビジネスホテルとは違うわね。慣れてないので戸惑ってしまう。
「お名前をお呼びしますので、ここに座ってお持ちください」 チェックインが混んでいるのに、ただ立って待たせておくようなことはしない。キビキビと感じが良い。

鹿児島に行こうと思ったのは、新聞の小さなコラムを読んだのが直接のきっかけでした。

「鹿児島で会議が終わって、空港行のバスまでに2時間ほど余裕があったので、タクシー城山まで向かった。
そこには桜島と錦江湾を一望できるホテルがあったはず。10年ほど前、そこのティールームでお茶を飲んだのを思い出したのだ。
ホテルに着くと、記憶通り桜島を望む庭に向かって静かなカフェがあった・・・」というような内容でした。
街の木々の美しさ。ホテルのシャトルバスの窓ガラスがピカピカに磨かれていたことなども書いてありました。
そこに、以前読ませていただいた友人の鹿児島旅行記が重なったのです。
いわゆる名所巡りというのではなく、自分が必要とする場所だけに行き、そこに思いを寄せるような・・・「余計なもは要らない」というのはパンのCM^^;  どこかさっぱりと小気味良く、けれど、深く思いの残る旅行記でした。
娘の所に行く機会があったら、今度は鹿児島に行こう、そう思っていました。

行くならそのホテルに泊まりたいけど、私には無理かなぁ。曜日によっては格安で泊まれるプランがあることを教えて頂きました。早速検索したら、希望の日に一室だけ残ってる。眺望もなくていい、ビジネスホテル並みの設備で十分。錦江湾と桜島を一望できるとう露天風呂に入ればいいのだもの。あのホテルに泊まれる・・・それだけでワクワクしました。

早い時間にチェックインして、何度もお風呂に入ろう。時間によって変化する桜島の表情。雲の流れ。午後と夕暮れどきと、陽が落ちる様子と・・・星と月と・・・そう思っていたのに、、何バタバタしてたんでしょう。ギリギリでホテルに飛び込み、大急ぎで温泉に行き、時計を見ながら支度して、時間スレスレにレストランに入る。ふーぅ間に合った、なんて時間の使い方。馬鹿だなぁ。
それでも、日が暮れようとするラウンジからは、桜島がこんもりと黒い姿をまだ残してくれていて、店員さんの応対も静かで心地よく、7時まではドリンク半額に乗せられて^^;カクテルもお代わりしてしまうのです。

7時までのドリンクメニューには、カクテルは、テキーラ・サンライズとコスモミュールしか載っていない。
♪テキーラ・サンライズ~ は浜省(夏の終わり)。やっぱ浜省より拓郎でしょう。
コスモミュール・・・ポピュラーな、でも懐かしいカクテルを頼みます。

10数年前、拓郎が通っているという評判で、現に拓郎に遭遇したファンもいたらしい、とあるバーに、みんなと時々行っていた。
拓郎抜きにしても、雰囲気もよく、料理もお酒も美味しくて、くつろげるバーだったから。
誰かがコスモミュールを勧める。だって、あれ、甘いでしょ。ここのは違うんだよ。本格的なんだから。それで賞も取ったことあるんだから。ふうん、じゃ、それ。
銅のカップ!?これがほんとなんだ、とその人は自慢げに言う。一口飲んで、あら、美味しい!少しも甘くなんかなく、さっぱりとライムの香りがする。ウオッカベースでほんとは強いカクテルなんですよね。
銅のカップに入ったコスモミュールを、それ以来飲んでいない。他の店ではグラスで出てくるばかりなので、つまらなくて、注文しなくなっていた。

拓郎は、とっくにその店には行っていないのでしょう。あの時一緒だった人たちも、みんな、私の周りから消えた。
私たちの中でブームになって、必ず注文したフローズンダイキリは、この季節、なんのフルーツなのかしら・・・そもそも、その店が、今も同じにあるのかどうか・・・
そんなことを思い出していた。

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運ばれてきたコスモミュールは、あっ!銅のカップに入っている!うれしかった。すこーし甘かったけどね。


和食の店でなく、なぜか、ここで簡単な洋食のコースを頼んでいる。だって、桜島の見えるところに座りたかったんだもの。外は真っ暗になり、水色と白のイルミネーションがチカチカと輝き、景色なんて全く見えなくなっているのに。
オードブル、美味しかった。トマトのペンネも私にはちょうどいい。黒豚と何の肉と言ったっけ?ワインを煮詰めたというソースは、ちょっと濃かったけど。黒豚のトロっとした脂身には合うのかな?ビールと、2杯のコスモミュールと。酔ったはずはないけれど、味、よくわからないや。
部屋に戻り、ベッドにバタン。女性専用というそのお得な部屋は、シングルにしては広いんです。ベッドは大きくふかふか。マッサージチェアと丸いテーブルもある。白いタンスと飲み物とカップの置かれた棚と。カップは、ブランドわからないけど、とても綺麗なの。トイレのドアには白い大きな花も描かれていたっけ。

そうだ!お風呂に行かなくちゃ。私もしぶといですね。寝たのが起き上がって温泉に行く。温泉専用のエレベータがあって、それに乗るときに限り、部屋着とスリッパでいいの。

広島から何度も来ているという女性が、こうして湧いているお湯を、少し熱いから手に取って、手のひらで冷ましてから、ちょんちょんと顔に塗るの。ここのお湯は肌にいいからツルツルになるよ、と教えてくれた。
広島から?そう家族で車で。ここ、好きなのよ。何度も来てる。こともなげにおっしゃる。広島から鹿児島、温泉に入るだけのためには遠いような気もするけど・・・朝食も美味しいのよ。あ、私も頼みました。ここの朝ごはんは一番だからね。
さっき一緒にいたのは娘さんかぁ。言葉遣いからするとお嫁さんかな。言うだけあって、お肌が綺麗で年がわからない。私も顔にちょんちょんとお湯を塗る。

朝、露天風呂で日の出を見たんです。西の国は、日の出が遅い。夫が初めて九州に転勤で来たとき、なかなか日が暮れないから酒がなかなか飲めない、とぼやいていたっけ。
桜島の噴煙がピンクに染まって綺麗だった。
みんな裸で(当たり前^^;)お湯の中に突っ立って日の出を見る・・それは壮観でしたよ。

大きな宴会場の大朝食ブッフェは、客さばきもメニューも、見事というしかない。
私はなんでコーヒーとパンにしているんだろう。慌てて、白和えだの揚げたてさつま揚げだの、鹿児島っぽいものを取りに行く。

どのくらいの宿泊客数なのでしょうね。スタッフは、皆気持ちよくテキパキとして、私はそのテキパキに乗せられて、いつの間にかバスターミナルに来ていた。
出る前に、ちょっとホテルの周りを散歩しようと思っていたのに。時間余っちゃったなぁー。駅前で買い物なんかしてもしょうがないし。遅いより早いほうがいいでしょ。空港に行く。
こういう時のバスは、早いんだよね。あっという間に着いてしまった。鹿児島空港、なんにもなかった

また、鹿児島行きたい・・・錦江湾と桜島に、心を捉えられちゃった。
もう、バスで回ろうなんて考えない。ただ、温泉入って景色を眺め、城山散歩したり。のんびりくつろぐの。
桜島くらいなら行ってもいいかもしれない。港からフェリーで15分だもの。足湯に入りにだけ行くのもいい。今度は観光客いっぱいでさ、大勢が一斉に足を突っ込む。芋の子ならぬ、こんな大根洗うような足湯は嫌だ!ってブーたれたりして。
来年は、わけあって九州に行く機会が増えるかも知れない。そしたら熊本や鹿児島回って帰るんだ。
佐多岬にも行ってみたい。最南端の海は、きっともっと深く青い。寄り道じゃ済まなくなるけどね。
・・・来年は、拓郎ツアーで、その年の予算は、拓郎で使い果たすんだったT_T

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フェリーから見た桜島

鹿児島(2)

*写真、クリックすると大きくなります・・・知ってるか^^

市交通局のカゴシマシティビュー一日乗車券を使って回ることにしました。一日600円で乗り降り自由、主な観光地を回ってくれて、いくつか施設の割引券もついてる、市電にも乗れる。
欲言うと、今年1月に『西郷どん大河ドラマ館』のオープンにあわせて運行コースが変わったらしいのだけど、変わる前の城山方面と磯方面に別れる二つのコースが良かったです。だって、新しいコースはグルグル回るだけで、逆方向に行かれないんですもの。


山は開館時間などないから朝早くから行動したかったけど、始発が8:30。遅いなぁ、と思うなら、路線バスや市電を使って動き始めればいいのに、一日乗車券にこだわって、バスの時間までただぼーっと過ごしてしまう。
バスは満員。まずは「西郷銅像前」で降ります。

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この銅像って、申し訳ないけど、生き生きしていないですよね。ただ突っ立っているように見える。
と思ったら、ごめんなさい。渋谷の忠犬ハチ公を作った鹿児島出身の彫刻家安藤照氏制作なのですね。
陸軍大将の正装で直立不動、高さ8メートルもの大きな銅像というのは、上野の西郷像を意識してのことだったのかもしれません。でも、もうちょっと磨いてあげてね。

「照国神社」まで歩きます。どこにあるんだろう、と思ったら、すぐそこに大きな大きな鳥居。照国通りというのがあるんですね。
島津斉彬公を祀っています。
資料館に入ります。ひっそりと誰もいない。友人に教えて頂かなかったら、資料館、通り過ぎていただろうな。

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斉彬に多大な影響を与えたと言われる曽祖父、島津重豪が書かれたローマ字がある。


1800年代のあの時代に、すでにローマ字を書いていたという驚き。
オランダ語も話せたとか。

「海を見ていた島津家と薩摩」という映画を観ます。同じものを集成館でも見たけれど、「海を見ていた」という表現が、島津家にぴったり。
南に大きく開かれた海があった、それが明治維新に繋がる多くの偉人たちを出した薩摩という国だったのですよね。
神社には島津斉彬の像もあり、「明治維新薩摩殉職志士・戊辰戦没者銘碑」というのもありました。

鶴丸城跡を見たかったけど、御楼門は工事中。黎明館、館内には入らず、外の天璋院篤姫の像を見るだけにしました。
もう少し歩くと、シティビュー「薩摩義士碑前」のバス停に出ます。ほんとに通りは広く大きくて、鹿児島のイメージ一新です。

バスは来ない・・・予定時刻をだいぶ過ぎているのに。鹿児島交通という市の交通局と間際らしいバスは来るけれど、同じコースを行くのに、乗車券の互換性はないのです。ケチなので、市バスが来るまで待ちます。
朝のバスで一緒だったのか、見たことのある外人さんがサッサと歩いている。白人系の外人さんて、一人か二人で行動することが多く、軽装で、バスまで時間があると思うと、待ったりせず、さっと歩き始めるんですよね。
年配の夫婦らしき人が、義士碑の前でお互いの写真を撮っている。こんなところで記念写真撮ってどうするんだろう。証拠写真か・・・余計なお世話ですよね。小姑みたいな私ですT_T

「西郷洞窟前」まで来ました。なんてない洞窟でした。二つ並んでいて、どっちがそうなのか、わからないや。
「城山」までは歩こう。
このくらいなら最初から歩けたな。歩けば良かった。展望台には、ごっちゃり人がいました。観光客がいるところといないところの差が激しいT_T
城山の展望台からは、眼下に街並みと、遠くに桜島が見えます。

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またもやバス停でぼーっと周遊バスを待つ。ホテルのシャトルバスが向こうの坂道を降りて行きます。
時間の無駄をしているような、こうしてただ座っているのも悪くないような。
鳥が鳴いて、バラバラバラっと小石が降ってくる。鳥のいたずらなのか、桜島が噴いたのか。


「 西郷南洲顕彰館」
一口に言うと、西郷さんのことがよくわかる資料館です。
「ツン」を連れた「西郷さぁ」のメモ帳など買ってしまった。
今回の旅行に際して「南洲翁遺訓」などを、ちょっと読んでみた。・・・今も読んでいる。枕元に置いて、たまに手に取り、目に付いた項目を一つ。そういう読み方でもいいのかな、と思ったから。特にそれを教訓とするわけではないのだけど、いい睡眠導入剤にはなるT_T
大体、私は、南洲翁が西郷さんであることを、最近まで知らなかった。無知だねぇ・・
顕彰館を出ると、バスの時間まで5分。ちょうどいい・・けど、私は、まだ墓地に行っていない。どうせバスは遅れるのだから、さっと見てくる・・・そういうものじゃないよね。次のバスにしよう。

南洲墓地は不思議な空間でした。
西郷さんのお墓を守るかのように、無数の灰色の墓碑が並んでいる。明るい陽射しが降り注ぐ。向こうには桜島が見える。西郷さんたちのお墓は、城山に守られ、桜島を見つめているのですね。
時折人が訪れ、手を合わせてゆく。花が供えてあるのは、私でも名前を知っている有名志士達の墓。下の方に、まだ10代の若さで命を落とした者たちの墓が並んでいる。そういう若者たちの墓は墓碑も小さいのです。かたまって並んでいるのを見ると、胸を突かれる。
市内数箇所に仮埋葬されていた西郷さんたちの墓をここに改葬したあと、九州各地に散在していた西郷軍の遺骨を集められたのだそうです。2023名が葬られているのだとか。
上の方に登って言ったら城山に出るのかな。時間もあるから行ってみようと思ったけど、戻ってこられなくなったら困るT_T 
ちょっと今風のお土産屋さんがあった。手作りだという2019年の手帳を買う。こうやって時間があると無駄遣いをするんですよね。
家で見たらそれほど素敵ではなかったけど^^;鹿児島の記念に来年一年はこれを使うんだぁ。先週は、6月のスケジュールも書き込んだんだよね^^

さて、西郷さんを巡る旅は、ここで一旦休止。もう一時。バスに乗り、桜島フェリー乗り場まで。
石橋記念公園て、つい久留米の石橋文化センターと結びつけてしまっていたけど、昨日行った甲突川の、災害で流された「石橋」が保存されているのだそう。「かんまちあ」ってなんだろう・・・
流れ作用のように、「水族館前」で降りて、気が付くと、フェリーに乗っていた。そうだ!私、まだお昼食べていない!フェリーの中で、名物という「うどん」を食べた。即席麺のような食感だったけど、美味しかったです。たぶん、もう食べる機会ないですもの。記念の「おうどん」


桜島でも、「アイランドビュー」という周遊バスを利用します。島の東側をグルッと回って、景色の良いところでは数分停まってくれる。車のない私にはうってつけだわ、と思ったけど、甘かったかも^^;
一周60分。立っているのはしんどそうだから、座れるよう早めにバス停で並んでました。
やっぱり外人さんが、時刻表と時計を見て、さっさと歩いて行きます。どこへ歩くんだろう・・・
席は楽に座れました。後ろの方、たくさん並んでいたんですね。どんどん人が乗ってきて、大きなスーツケースなどを持ち込む人もいて、ギュウギュウになってくる。

最初の「烏島展望所」に着きました。5分停車というのが慌ただしそうで、私は「いいや」と、降りずに座ってました。と・・・思わぬ光景が。人が降りたところに、別の人が座ってしまうのですね。
確かに、観光バスでもなく、座席指定ではない。普通のバスかもしれない。だけど、景色を見たらまた戻ってくる、という乗り降り自由の周遊バス。最初の席に戻るというのは暗黙の了解だと思ってた。席を外したから座ってしまう、といのは、私の理解を超えている。戻った人は、自分の席がなくなっているのに戸惑い、仕方なく立っている。

次は「赤水展望広場」8分の停車。
「長淵剛さんの記念碑が・・・」そという説明があります。そういえば、十数年前、桜島でオールナイトコンサートやったっけ。
長淵剛には興味ないので、記念のモニュメントなど無視して、景色だけ見て、さっさとバスに戻る。席は無事だ、ホッ。

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景色、良かったです。

三番目の「湯之平展望所」。15分という長い停車をするだけあって、確かにいい眺め。桜島にいるのに桜島を見ているって、なんか不思議ですよね。山肌も間近に迫って見える。
けど、展望台は、人が多く、すれ違うのがやっと。観光バスなどもひしめいて、乗務員さんたちが「停車渋滞起こしとるで」などとと会話していたっけ。
下に降りて少し歩くと、人気もなく静かに美しい海が広がってる。きれいだなぁ・・・けど、ゆっくり景色に浸れない。何か落ち着かない。早めにバスに戻ってしまった。

私の了見が狭いんだろうか。外人さんたちと感覚が違うんだろうか。ここまで座っていたから、次はどうぞ、と譲り合ったら良かったんだろうか。友達とだったらそうしたよね。交代しよう、って。


桜島港に戻ったバスを降りて、「足湯」にいきました。桜島溶岩なぎさ公園。100メートルもの長い足湯です。
足湯は好きじゃない、なんて言っていたけど、気持ちい~い。少し熱めの赤褐色のお湯。私はちゃんとタオルと替えのソックス持ってきましたよ。

3組くらいしか人がいません。静かです。こういう所にはあまり来ないのかな。
今日はほんとにいい天気。景色を眺めながらぼーっと足をお湯に浸らせていると時間を忘れそう。

そうもしていられないので、フェリー乗り場まで歩き始めたら、道路の向こうに「コープ」の文字が見える。友人が以前言っていた「スーパーで買ったミカンが美味しかった」というのは、ここだろうか。
果物売り場に「早生」と書かれた小さなミカンと、普通の大きさの柔らかそうなミカンと。どちらも美味しそうなので両方買い求める。小さなリュックにミカンをふた袋入れたら、まるで買い出しのおばさんだ。
歩きながら一つ小さい方を食べてみたら、甘い!ミカンの味が小さな中にギュッと詰まっている。こういうミカン、子供たちにも食べさせたいな。お店に戻って、もっと買いたくなる。諦めたけど。
レジで店員さんに聞いたら「桜島小みかん」が出回るのはもう少し先で、これは違うのだそうだけど、美味しいミカンでした。
家に帰ってテーブルに出しておいたら、普段あまり果物を食べない息子が手を伸ばし、あっという間になくなりましたよ。


周遊バスで手軽に回ろうなどとせず、遊歩道を歩けば良かった。周りの景色を眺めながら歩けるところまで歩いて、戻ったら、ミカンを買って、足湯に行く。
ミカンを食べながら、足湯に浸かり、寝そべって、空を眺めたり、海を見たり、何十分でも一時間でも・・・私の桜島観光は、それだけで十分心に刻まれたかもしれないのに。


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ほんとに、空も海も真っ青だったんです。この景色の前に、何をごちゃごちゃ言うか、なんですけどね。


フェリーを降りてバス停に行ったら、「カゴシマシティビュー」は、行ったばかりみたい。こんなところで20分も30分も待っていられない。ホテルでは6時に夕食の予約をしてある。食事の前に露天風呂に入って、夕暮れの錦江湾と桜島を見たいのだもの。
違うバスが来た。先に並んでいた御夫婦は市バスまで待つつもりらしいけど、一日乗車券が使えなくったっていい。そのバスに飛び乗った。道はとても混んでいて、この運転手さんも上手にバスを操りながら、車と車の隙間を縫うように走らせる。プロはすごい!変に感心しちゃった。
ホテルまではタクシーにした。

途中、甲突川のほとりに立つ大久保利通の銅像が見えた。
私には、明治維新も西郷隆盛も大久保利通も、実のところよくわからない。「だんなさんが鹿児島出身」の友達のように、大久保憎し、みたいなことは、簡単には言えない。
大久保さんの像の周りには、夕暮れどきの空が広がるだけ。山にも何にも囲まれてるないの。この目はどこに向いているんだろう・・・なんだか可哀想だった。

鹿児島(1)

孫の七五三で福岡に行くついでに、ちょっと足を伸ばして鹿児島経由で帰ってくる・・・そんな私のささやかな旅行。お天気に恵まれ、キラキラ輝く錦江湾と煙のたなびくゆったりと大きな桜島。空も海もどこまでも青いのです。
その景色だけでも皆さんに見ていただきたいと思っていたのに、書く事にすっかり不精になってしまっています。こうして、書き始めてるのだから「ました」かな^^書いたら長い・・いつものことですm(_ _)m

娘の三番目の子、5歳のお祝いでした。夫の葬儀の時、臨月で娘のお腹にいた子です。その3週間後に生まれました。から、5歳。あぁ、もう丸5年か、6年目か・・・と思います。七五三、行ってあげなきゃ、と思いました。
男の子だから生まれ変わり、なんてことは全くなく、少しも夫に似ていないんですけどね。

良いお参りでした。

娘達が予約してくれたお店で頂いたお昼ご飯の美味しかったこと!

書けばキリがないので、割愛^0^


久留米から鹿児島中央駅までは新幹線です。
九州新幹線に乗るのは初めてです。

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豪華な車両、、ゆったりとした座席、新幹線といったら狭くて窮屈な車両しか思い浮かばない私には、新鮮でした。

だけどもガラガラ・・・平日の10時に乗る人も少ないのでしょう。なんだか心配にもなってしまいます。採算取れているのかしら、なんて、余計なお世話ですね^^;


鹿児島中央駅に着きましたら、心配御無用。賑やかで大きな駅なのでした。
その日は、お天気だったら桜島。曇りや雨だったら仙巌園、と思っていました。
新幹線の中から眺める空は、なんだかどんよりして、これは仙巌園かなぁ・・・その判断が良かったのかどうか。

仙巌園までは、観光案内所が「まち巡りバス」を勧めるのに逆らって、路線バスで行くことにしました。だって、仙巌園に行くのに城山経由というのが、ピンと来なかったんですもの。
バスは遅れるもの、道は混むもの、という当たり前のことを、後々思い知るのですけどね。鹿児島中央駅は、大都会なのです。

仙巌園、たいそう賑わっていました。今は、どの観光地も平日だから静か、ということはないのですね。どういうお庭かというのは、私などが書いても、コピーでしかない。検索して見てくださいね、
https://www.senganen.jp/
・・・と逃げるT_T

ご主人が鹿児島出身だという友達からは、両棒餅(ぢゃんぼもち)を絶対食べるように、と言われていました。彼女はそれをお昼ご飯にしたのだそう。確かに美味しそうではあるけれど・・・今の私は、お餅のようなものをたくさんは食べられない。お団子一本を食べきれなかったりするのです。1、2本、売ってくれればいいのにな。それに、大勢の人に混じって、みたらし団子のようなものを一人で食べる若さもないT_T
上の方まで登っていって、見晴らしの良いレストランで、鹿児島の郷土料理が味わえるセットにすることにしました。
カウンター席の目の前は大きなガラス戸になっていて、錦江湾に浮かぶ桜島が真正面なのです。

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海は、日差しで銀色にキラキラと、眩しくかすむほど光っています。
桜島は、大きく噴煙をはき、朝からの雲は、まだ残っているけれど、その雲の流れで、景色を変えます。雲が流れて、山頂が覗いたかと思うと、また隠れてしまう。まだ桜島全体の姿は見えません。
キビナゴのお刺身と、さつま揚げと・・・煮物は、澄んだお汁で上品な味付けでした。

さて、もう一度入口に戻り、最初から。
「反射炉跡」というのがあります。
歴史に疎い私は、島津斉彬について、特に知っているわけではないけれど、あの時代に西洋列強の脅威を感じ、その技術を取り入れて、日本独自の道を切り開いていこうと実験を重ねる。
こういう人物を藩主に持つ薩摩という国。ちょうどテレビでは「西郷どん!」をやっていて、少々ブームでもありました。あのドラマ多少の疑問を持たないわけではなかったけど、改めて明治維新というものを考えるきっかけにはなり、少し本を読み始めていました。西郷隆盛についても少し知ろうと、しているところでした。

順番に見て回ります。お屋敷にも入ります。空はすっかり晴れて、お庭のビューポイントというところまで歩いてみると、わーっ!ほんとにほんとに綺麗でした。何枚撮っても、その景色のままは撮れない。
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こんなに晴れるなら、桜島に行けたのに、と思うけれど、ここで、こんなに綺麗な桜島を見られたのだから、仙巌園にしてよかったのかもしれません。

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ずーっと上の方まで歩いて行って、神社でお参りしたり、橋を渡ったり。広大な庭園を歩くのは、まるでハイキングです。
荷物は駅のコインロッカーに預け、小さなリュック一つ、足元はスニーカー。逆にそいうのが年寄りくさいんですけどね。

手にはスマホさえあれば、なんだけど、やたら桜島の写真を撮っていたら、バッテリーの残量が・・・なんで携帯用のバッテリー準備していないんだろう。いつも同じ過ちを繰り返す。
尚古集成館近くには、スタバがあるという。そこにいけば電源あるかな。ちょっと入ってみます・・・こういう店には人が集まるんだよね。結構混んでいて、ざっと店内回ってみたけど、それらしきものはない。ま、、いや、写真撮らなければいいんだから。
尚古集成館は、道路を渡って、仙巌園のチケットかパンフを見せて入るのです。だから、すぐ取り出せるようにしておきなさい、って。

島津家歴代の当主によって受け継がれてきた仙巌園は、島津斉彬によって、さらに重要な意味を持つようになります。尚古集成館には、その息吹が詰まっている。さながら博物館・・・て、博物館なんですけどね。模型を見たり、シアターを見たり、集成館のパンフはないかと探したけど、そんなものはなくて、書籍を売っている^^;
薩摩切子の工場も見て・・・薩摩切子はどんなに綺麗でも買えないけど・・・どのくらいここにいたんだろう。いくら時間があっても足りない仙巌園・尚古集成館です。

これから天文館通りで「しろくま」を食べて、「維新ふるさと館」にも行かなくちゃ。「維新ふるさと館」はパスしてもいいのだけど、ここがお勧めよ、と、パンフまで送ってくれた「鹿児島が実家のダンナさんを持つ」友達は、行かなかったと言ったら気を悪くするだろう。
11時には着いていたから楽勝かと思っていたけど、押せ押せだ。

バスに乗る。磯海水浴場の横を通ったら、あまりの美しさに感動する。
これがバスじゃなかったら、もしも夫の運転する車だったら、車を停めて、桜島の見える海岸を散歩したり、波打ち際で遊んだり・・・海の向こうに見える桜島は大きくて、とっても綺麗で・・・仕方ないよね。一人だもの。一緒に車で旅してくれるような人、いないもの

天文館、大きな繁華街でした。広島でも熊本でも、市電の通る大きな商店街というのはあったけど、少し趣が違う。何が違うんだろう・・・検証なんかしている暇はない。「むじゃき」を探さなきゃ。
「シロクマ」、一人で時計を見い見いかき込むものじゃないわ。そんなにしてまで食べる必要あったかな、というのが正直な感想m(_ _)m

市電で「高見橋」まで行く予定だったけど、びゅんびゅんゴーゴーと走る市電の勢いに圧倒されて、目の前のバスに乗ってしまう。どのバスだって駅まで行くんだもの、と思ったけど、甘かったですね。バスロータリーは、いろんなバスが行き交って、運転手さんは、離れ業のようにバスを止めるけど、停まったバス停から向こうに渡るのに大変だった。維新館、矢印はあるけど、その矢印がどこを指すのかわかんないじゃない。ようやく橋を見つけ、これが甲突川。あれが記念館だ。開館は5時まで。4時には中に入りたい。

走り始めて嫌な予感が・・・高校生の集団がゾロゾロと入ってゆく。何グループあったんだろう。列が途切れず、なかなか中に入れない。すみません、いいですか、列の横から入れてもらう。受付でチケっト買ったら、シアターホールは立ち見席のみ、って。さっきの高校生達が予約済みだからということ?少しおかしくな?まず高校生たちの席を確保して、一般客は立ち見ってt_t。ま、いいや。画面でわかる維新の歩みでも見ていよう。けど、狭い館内、さっきの高校生達で溢れ、あちこちのジオラマの前は陣取られ、私など、触れることもできない。シアターで映画が始まり、高校生たちが吸い込まれて行く。静かになった館内をようやく見て回ります。「翔ぶが如く」のコーナーがあった。こういうドラマがあったんだ。昔はNHK大河なんて見なかったなぁ。司馬遼太郎さんは、大久保利通をどう書いたんだろう。帰ったら読んでみようか。
修学旅行の高校生たちが悪いのではない。一般客に迷惑をかけないようシアターも最後の上映時間を選んだのでしょう。未来の若者優先。あんな時間に入った私が悪かった、かち合ったのは運が悪かった、ということに。

甲突川の辺を歩きます。大きな川。架かる橋は、どれも大きな通りになっており、車も多いです。
「維新生誕の地」というような旗がずらっと並べられ、「西郷どん!」ブームを盛り上げようとしてるのかな。西郷隆盛、大久保利通生誕の地をはじめとした明治維新の偉人たちの史跡がきれいに整備されています。きれいすぎて作り物っぽいT_T
今は花のない季節のせいか、そういう旗がかえって寂しくも感じられたけれど。昼間の明るい時間に散歩したら、また違っていたのかもしれません。
写真がないのはバッテリーが心細かったから^^

初日に仙巌園に行ってしまったので、もう一度プランを練り直します。練るほどのプランでもないですがT_T
明日は、城山に行ってから桜島にしようかな。そしたら駅のコインロッカーに荷物預けて一日身軽に回れるし、もう一度仙巌園の前を通るのも悪くない。あの桜島の浮かぶ海岸をまた見たかったのです。


超ミニミニ文化祭

町内会のミニミニ文化祭も、会員の高齢化と共に出品者も減って、だんだん寂しくなるような。若い人や、新しく住み始めた人は、なかなか参加しないんだよね。
かく言う私も、若くはないけど^^;そういう活動には、少しも熱心でなく、ボランティア精神にも欠けているので、有志による草むしりだの、自主防災訓練だの、餅つき大会だの、参加したことない。老人会への加入も断り続けている。
文化祭に出展するのは、ただ自分が作ったものを見せようという、全く自分勝手な理由だ。

2年以上前から取りかかって、途中、目の炎症を起こしたり、飽きてしまったりで、放りっぱなしだった刺繍。今年は文化祭までになんとか仕上げようと、頑張った。そういう区切りでもないと、やりやしないから。

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クロスを前にして見つめ合うような母と娘の表情が気に入って、図案を輸入サイトで買った。イギリスの古い図案は、ただ糸の色番号と数行の説明があるだけで、日本のキットのように、いたれりつくせりというわけにはいかない。
布選びから始まって、糸の見積も、自分でした。コピーした図案を色分けして、大雑把に目数を数え、計算するの・・・たって、目数で必要な束数を出してくれるサイト、見つけたんだけどね。
大きいところは、いちいち数えちゃいられないので、適当に面積で見当つけて、このくらい、とか。廃番になった色もあったので、代わりの色を探したり・・・手芸をするにも、今は、ネットが重宝するのです。
今時の手芸店の店員さんがわからないことも教えてくれる^^

せっかくだからと額に入れたら、額代が高くついてしまった^^; でも、こういう大きな刺繍は、たぶん、もうしないから。

もう一つ出品したのは、最近親しい手芸友達と一緒に買って分けあった生地を使った道具箱、裁縫箱3点セット。
刺繍をした布を使ったカルトナージュ、というのが、その彼女とのテーマなのだ。
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持ち運び用の道具箱なので、出来るだけコンパクトに、最低限必要な物が入るように引き出しも作った。1ミリ2ミリの計算が、案外面白い。縦8.5、横22cmくらい。
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友達も、私のレシピがよく出来ていると、同じものを作ってくれた^0^ だけど、雰囲気違って、だから面白い。

私は、実は、こういうことをしている方が好き。
拓郎も忘れてしまう。
町内の麻雀も、入った以上抜けられないから続けているけど、あんまり面白くない。時間が勿体無くて、家にある作りかけの物が気になってしょうがない。わりと勝つんだけどね。先々週は、ドラとチャンタも付く小三元をしてしまった^0^

ピンクの紫陽花

台所で洗い物をしていると、型硝子と言うんだろうか、表面のぼこぼこしたスリ硝子越しにポワンとピンクのボールのようなものがいくつも浮かんでいる。
あ、紫陽花、咲いたんだ・・・

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27日の放送を聴いた。
「アゲイン」の話はうれしい。
だから「未完」だったんだ。

急遽アルバムに入れてくれたことに感謝しなければ。武部さんにも、鳥山さんにも。アルバム「AGAIN」にこの歌がなかぅたら、全く違ったものになっていたことでしょう。
LIVE・・・ん?拓郎はLIVE16と言っていたような気がするけれど、14だよね・・・そのLIVEも。
全ての光がこの歌に集まっていたのだもの。
またツアーで聴けるなら、うれしくて泣きそうだわ。
拓ちゃん、今から「感極まって」なんて言わないで。今から感動させないで。行かれなかったらどうするのよ^^

20日の放送は逃してしまった。タイムフリーの一週間は過ぎてしまったし、Radikool録音できていなかったんだもの。昔だったら、誰かに聴かせてもらったのにな。今は、そうしてまで聴かなくてもいいや、と、あっさり。
アルバムも夏に発売になる。もっと喜びなさいよ←自分。

ラジオを忘れたのは、
①エチケットミラーなるものを、せっせと作っていた。

②頼まれて、カセットの音源をデジタルに取り込んでCDにしていた。体操用の音楽^0^

中古で買った古いラジカセが、アナログをSDやUSBに録音できて、たまに役に立つんです。拓郎のカセットをCDにするつもりでいたんだけど、カセットで聴かないものは、PCやCDでも聴かないことが判明。それに、もうそういうものなくてもいい。
今度のアルバムのおまけに付くというデモテープに、狂喜乱舞しないのは、私くらいなものかも。


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エチケットミラー(爪楊枝入れ)というのは、こういうの。4cm×7.5cmくらいの大きさで、よくお土産物に売っているでしょう。生地を今風にすると案外可愛い。教室で教わったのでなく、自分でレシピ起こした。鏡はネットで探して、送料の方が高くつくので、友達に持ちかけて、たくさん買って折半することにした。
別に売り物にするんじゃないんだけど、ハギレで作るのが面白くて止まらない。
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いつもいつも 同じ。

今度はカルトナージュ

あ、そうだ、拓郎のラジオを聴かなきゃ、また新しい回が始まってしまう。土曜日の夜に慌てて聴く。先週もそうだった^^;
刺繍は、小休憩。先週も今週もカルトナージュです。
カッターとボール紙とボンドと。手芸というより工作に近いから、あまり聴きながらには向いていないけど。

友人が、いつも折り紙の入った箱を持ち歩いているのですね。5センチ四方くらいの小さな折り紙とピンセットや竹串。それで、小指の先よりも小さな鶴や亀を折って、絵や文字の形に貼り付けてゆく。
この前、その箱を見たらボロボロで、ガムテープで補強してある。
箱、作ってあげようか・・・いつものお節介。

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一応、希望のサイズは聞いたのだけど。
ピンセットや竹串、テープなどを入れるように上に段をつけた。


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こちらは先週作った小さめポーチ。横12cmくらい。
初夏の陽射しには、こういう生地を選んでしまう。

   **********

母の日と父の日とか、あらかじめテーマを決めて話すようなのは、台本があるような雰囲気で、少しつまらない。
洋楽、ビリージョエルくらいは知っているけどさ。リクエストもフェバリットソングも、洋楽なんですね。私の耳も心も吸収力ないんだわ。簡単に言えば、私は鈍い、わからない、ということ。

「僕の道」、あれ?これ、すでにリミックスしてる?

「僕の道」は、今、拓郎自身のの好きな歌ベスト3に入るのですって。
私は、正直、あんまり・・・T_T
だって、色っぽくないんですもの。最後の♪行くんだよー が直線的というか、子供っぽいというか・・・わけわからんちゃm(_ _)m
同じ「道」なら、「家へ帰ろう」の方が好きだなぁ。
この道を真っ直ぐ・・・道は結局曲がっているのだけど、拳を握り締めて、まっすぐ帰る・・・

拓郎の住むマンションあたりは、やたら防犯カメラなんですよね。歩いていると、監視されているみたいだった。
なんだ、やっぱり引っ越してないじゃん、と、2,3年前の話題の結論を今更確認。

そう、東京は坂が多いんです。
だから、東京は「履き倒れ」なんですよ。
大阪=食い倒れ 京都=着倒れ
仙台坂・・・私達、わざわざ麻布十番まで行ったみたりしたんだから、ハワラプ、忘れないでね。
神楽坂、乃木坂・・・「魚藍坂」は忘れたの?

刺繍な毎日

簡単な手術であったし、経過も順調。どうということはないけれど、首に負担がかかるようなことはいけない、美容院も歯医者も一ヶ月くらいは避けた方が、自転車も左右の確認がきちんと取れるまでは・・・あれこれ注意事項があると、なるべく家で静かにしていよう、一番静かな刺繍でも、ということになる。
2年以上も前に取り掛かったものの、放り出してあった「母と娘」(私が勝手に題をつけた)のクロスステッチを再開することにする。

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1センチに6.5目、ちょっと細かい。色は38色くらい。スカートの部分は、かすかに色の違う紺を延々・・・少し飽きていたのよね。始めてみれば面白いんだけど。

クロスステッチというのは図案を写さないでしょ。何もない生地に刺して行くと模様が浮かんでくる。左右上下に刺して行ったものがピタッと合った時の快感。
逆に、どこかで一目でも間違うと、合わなくなって、問題の箇所を探りあて、ほどく羽目になってしまうのだけど。刺繍をほどく、って、刺すより手間がかかる。こんなふうに細かいと、ほどく糸がすっと出てこない。

生地も糸も傷むしね。傷んだ糸は取り替えればいいけど、生地はそうはいかない。だから私は鉛筆で印をつけながら進めていくのだけど、それでもなぜか、あれ?ここ間違っている、ということが、たまにある。
誤魔化すこともあるけれど、こんなふうに大きな図案だと、どこにまた影響するかわからないので、なるべく図案どおりに。
同じ糸で効率よく刺してゆくには、一筆書きのように進めるには・・・図案とにらめっこしてから、次に進む。なぜか、こういうこと、好きみたい。

図案だけ買って、寸法割り出し、布を選び、図案をコピーして色分けしたものから、目数を数え・・・大雑把に色の面積でこのくらいかな、と・・必要な糸の本数を割り出す。有難いことに、500とか1200とか目数入れると必要な刺繍糸の束数を出してくれるサイトがあった。
そんなふうに材料揃えたので、ちょっと愛着もある。飽きた、なんて言わずに、仕上げないとね。
他にも仕上がりを待っている物がいくつもある^^;


刺繍をしながら拓郎のラジオを聴いた。4月22日放送分だ。「至福」というなら、まさにその時。
こんなふうに幸せなひと時を、私は、なぜか、避けていたんだよね。拓郎が一人で語り、好きな曲をかけてくれて・・・そういう番組、ずっと待っていたのに、何が気に入らなかったんだろう。

理由はわかっているんだ。一言で言えば「嫉妬」かな^^
余計なことは考えない。余分なものは切り捨てよう。私がその時、いいと思ったことだけ気持ちに残しておけばいい。ハワイ、拓郎が嬉しそうならいいじゃない。ハワイに思うあれこれ、嫌だったことなんて、どうでもいい。
「メールを待っています」・・・誰が投稿しよと、読まれようと、いいじゃんね。みんなが楽しそうに参加しようと、私がそこから外れていようと、刺繍をしながら拓郎の声を聴く、それで十分。私はこれからも投稿しないだろうし・・・ラジオ主催の小さなライブがあるなら、行きたいけどさ。


「季節の花」に移ったり引用したりしたフレーズもあるというテープをかけてくれていた。
「午前中に・・・」発売当初から、私が一番に「好きだ!」と思っていた「季節の花」。どこかどう繋がるのか、私には一度聴いただけでは、よくわからないけれど、90年?随分前なんだね、拓郎がこういう曲を書いていたことがうれしい。
イラクがクウェート・・・なのにうちの奥さんは寝ている・・・設定が「白い一日」じゃん、と突っ込みたくなったけど。

「季節の花」の最初にヘリコプターが出てくるでしょう。ヘリコプターって、何か平和な日常を打ち破る不穏な雰囲気あるんだよね。例えば、森田芳光監督の映画「家族ゲーム」のように。暗示的な。
もしかしたら、クゥエート繋がりかな、なんて思っちゃった。
「季節の花」の前奏は、私には、少し怖いの・・・。

  また雨が降り また風が吹き
  またウソをつき また夢を見る
  ・・・
  また背伸びして また立ち止まり
  またほほえんで また口ずさむ
  ・・・

口笛を吹きながら小雨の中を歩き出すようなここが勿論好きなんだけど、少し暗い、問題ありげなような初めの演奏も好きなんだ。


で、突然、思いは「06つま恋」に飛ぶ。
あの時、ヘリコプーターが飛んでいたよね。「あ!ヘリコプターだ!」みんなで真っ青な空を眩しく見上げたっけ。
どこまでも青く、どこまでも明るい空に浮かぶヘリコプターは、なんだか嬉しかったよね、誇らしかったよね。私たちは大きな歴史の中にいるんだ。これから行われる大きなイベントの参加者=当事者なんだ、って。
見ていてね。いっぱいニュースで取り上げてね・・・幸せの象徴のようなヘリコプターもあるのでした。

こんなことばかり思っているから、肝心の拓郎のギターの上手さとか、ボーカルの素敵さ、忘れてしまっている^^;

一時間、あっという間だった。
拓郎を聴いてると、昔は手が止まってしまったものだけど、そんなこともなく、刺繍ははかどり、サラサラと放送聴いた。番組が終わって、訪れる静寂に、なぜかホッとする。寂しいのでなく、ホッ。
休憩に下に降りてゆき、テレビをつけて、コーヒーを飲み、お菓子を一つ。
さー、もう少し刺繍しようかな。また部屋に戻る。29日の放送も聴こうか。

コンサートの終わりに「夏の日の恋」がかかるようになったのは、いつの頃からだったんだろう。あれがかかると、帰らなきゃ、と思う。じっくり聴くなんてことできないよ。「客出し」だもの、座って聞いていようものなら、叱られそう。
急いで席を立ち、後ろ髪を引かれつつ、速走で会場を後にする。
「06つま恋」でも、「夏の日の恋」をかけたかった・・・わかるのだけど、吉田拓郎とかぐや姫のコンサートだったんだもの、仕方ないじゃん、と思ってしまう。拓郎の思い描くものとは違ってしまった部分もあるかもしれないけど、いいコンサートだったもの。
いつかまた野外で、「夏の日の恋」を聴く日が来るのかどうかはわからないけど、夢として待っていよう。

ビリーヴォーン・オーケストラ、単純に懐かしい!
子供の頃、家に、幌馬車の置物があったのね。木彫りで、幌の部分は革みたいな布だったかな。狭いリビングに作られていたインチキ暖炉。周りはタイル張りで、くり抜かれた中にはガスストーブが入っていた。上は飾り物を置く台になっていて、お人形とか、その幌馬車とか。母のことだからそのうち雑誌だの、頂き物のお菓子だの置くようになってしまうんだけど。
その幌馬車は、オルゴールになっていて、曲は「峠の幌馬車」・・ではなかったっけ。話、出来過ぎか。
「星を求めて」も、なんだか懐かしい。インストが流行っていた、という拓郎の話はよくわかる。少し後の時代だけど、ポールモーリアなんか、ヒットチャート賑わしていて、よく聴いた。


まー、こうやって聴けばいいんじゃない?
思うこと。「聴く前に読むのはやめよう!」

デモテープは、嬉しいのかもしれないけど、私は、そんなに欲しくない。終活みたいなこと、望んでいない。くれるなら、血気盛んだった頃に欲しかったなぁ。

これを、どこに書こうか迷ったけど、メインは刺繍だもの、こっちにした。
刺繍をし過ぎると、目も肩も疲れて、吐き気がする時ある。そこまでやらなくても、と思うけど、「やめられない、止まらない」
明日は、久しぶりの体操サークルだ。

2018.3.17「SONGS&FRIENDS」武蔵野の森総合スポーツプラザ(2)

月曜日、朝のテレビ番組では、何局かこの日のライブを取り上げていました。
「豪華共演!」「有名アーティスト達が名曲をカバー」「ユーミン&陽水 初コラボ!」・・・ティン・パン・アレーによるアルバム「ひこうき雲」の再現、という切り口での紹介はなかったような。

ティン・パン・アレー、ティン・パン・アレーと偉そうに書きますが、実は、私、よく知らないんですT_T
勿論、後から仕入れた情報で、細野晴臣、林立夫、鈴木茂、松任谷正隆からなる音楽バンドであること、最初はキャラメルママだったこと、もう少し音楽活動を広げていこうと「ティン・パン・アレー」に名称を変更したことくらいは知っています。
だけど、どうしてこのメンバーになったのかは知らないし、これがティン・パン・アレーの音だ!というようなことは皆目・・・ だから、この日の演奏も、さすがだ!というような感想は持てない。
ただ、わっ、よく集まったなぁ、みんな髪白い!けど、懐かしのバンドのようなヨボヨボさは全くない、みんな若くて素敵!と思ったこと、拓郎のアルバムで言うと「ローリング30」なんか思い出してしまうことくらい。


司会の中井美穂さんが「あえて、こう呼びましょう。荒井由実!」とコールします。
一曲目は12.「ベルベットイースター」ですね。
ユーミンがピアノを弾いている。
あぁ、きっとこんなふうに弾き語りながら曲を作っていたんだな、と思う。

白いパンツスーツに白いハット、男装の麗人みたいです。かっこいい。
「昔の名前で出ています」・・会場、どっと笑います。

次にお送りするのは、ひこうき雲の中で最初に出来た、14歳(と言ったっけ?)の時に作った歌です。
13.「そのまま」
バックスクリーンに昔のユーミンの写真が、次々と映されます・・・こういうのって、じーーんと来ますよね。時の流れには弱い年寄りです。
「アルバムの前にシングルで発売されたけど、300枚しか売れませんでした」これが、かまやつさんプロデュースの一枚目のシングルかな。
「だけど、今は30万円もしてるんですぅ」会場わっ!・・・お隣の友人が「持ってる!」とつぶやく。さすが。

14.「返事はいらない」

なんのMCの時だったか、昔、調律も出来ていないようなアップライトピアノで歌を作っていた。揺れるような霞むようなはっきりしない音のような話をしていた。だから、今日は敢えて自分で弾いているのでしょう。
実家での光景を思い出すとき、浮かぶのは「霧」、近くの神社の大きな池が、いつもモヤが立ちこめるようにけぶっていた。
後に、このアルバムを収録したスタジオは、海のそばの倉庫みたいなところで、やっぱり、いつも海からの霧が立ち込めてた。
「ひこうき雲」というのは、そういう霧の中に浮かぶような捕まえどころのない世界を表しているのかもしれない。

(このあたりの言葉がとても印象的で、ここ書こう、と思っていたんです。でも熱で3日寝てたら、はっきり思い出せなくて、こんなような、というあやふやなことしか書けなくなってましたm(_ _)m
ニュアンスだけでも伝われば、と思うのですが)

初めてのライブで、うまく行かず、悔しくてステージで泣いてしまった、という話もどこかでしてました。

鈴木茂さんと松任谷正隆さんの掛け合い、いいな・・・
私は、やっぱり、鈴木茂さんのギター拓郎のステージで聴きたいし、いつかまた松任谷さんにプロデュースしてほしいなぁ、と思う。

「これから始まる曲、誰のアレンジだかわかりますかぁ~」 茶目っ気たっぷりにユーミンが話します。
えっ!まだ誰か出るの?シークレットゲスト?・・・誰だろう・・・考えたってわからない。
「もったいぶるのはよしましょう。井上陽水!」
ワーッ!軽く口ずさむ感じで陽水さん登場です。
「つま恋」のときの中島みゆきさんと、どっちが衝撃だろう、と言ったら、私には、みゆきさんですけどね^^

曲名、わからなかったです。
朝の番組で15.「空と海の輝きに向けて」と字幕が出たので、あ、そうか。
途中で、ユーミンはピアノから立ち上がり、陽水さんとデュエットでした。最後には大きなハグ。
陽水さん来てくれてありがとう。うれしかったです。

そして・・・16.「ひこうき雲」
バックスクリーンにアルバムジャケットが映ります。
ユーミンは、顔も崩れんばかりに歌ってた・・・こんな表現ごめんなさい。すごいな、と思ったの。
静かな、ひっそりとした歌なのに、凄まじく、体中で歌って、立ち込める霧の中から、でも、そっと手渡すように・・・

メンバー紹介です。
ドラム林立夫、ベース細野晴臣、ギター鈴木茂、キーボード松任谷正隆、アディショナルキーボード武部聡志。

これが最後の演奏になるかもしれない。場内を笑わせます。
この中の誰が欠けても成立しないバンドだから。
細野さん以外は、みなさん、まだ60歳代なんですよね。なんだ、まだ若いじゃん。どうぞ、皆様、お体に気をつけていつまでもご活躍下さい。

ユーミン「武部さん、もう少し遊んでもいいですか」「もちろん!」
アンコールというか、第3部というか。ノリノリのコーナーが始まります。

17.「リフレインが叫んでいる」
ユーミンが歌い始め、JUJUも登場。

18.「時をかける少女」
原田知世さんも加わって3人になります。
♪とーきーをかける少女~のところで、原田知世さんを手で指すユーミン。そうだ、「時をかける少女」は原田知世だった。

19.曲名わからないよー。ユーミンと横山剣さん。

20.中央フリーウェイ
久保田利伸さんが加わると、華やかになりますね。

21.恋のスーパーパラシューター
全員で賑やかに歌い上げます。

ステージ中央で、全員で手をつなぎ一礼するというのは、拓郎もするけれど、いつから始まったんだろう・・・
拓郎、昔もやってました?瀬尾さんの時もしてましたっけ?

アンコール。
ユーミンと武部さん登場。
武部さんのピアノが始まり、「やさしさに包まれたなら」
「ありがとうございました。」

カーテンコール。
もう客電もつき始めているのに?普通なら諦めて帰るところ、「でも、ユーミンは出てくることがあるの」お隣はおっしゃいます。
・・・あ、もう疲れきったユーミンが振り絞ってという感じで、武部さんの肩を借りながらステージに出てきれくれます。
そして、お礼を言ってくれる。歌わなくても、姿を見せて、もう一度お礼を言う。
ユーミンは細やかだねぇ。


どこでの会話だったか、「SONGS&FRIENDS」の一枚目は「ひこうき雲」、武部さん2枚目は?
陽水さんの「氷の世界」なんかやってみたいですねー。(そうね、陽水さん、登場したし・・・)
そしたら、ユーミンが、武部さんはお付き合いも広いから、吉田拓郎・・・拓郎なんかどう?って。
私は思わず(そっと)拍手。

帰り道、友人と話します。
拓郎だったら、何のアルバムかなぁ・・・私は「LIVE'73」をあげてみたりするけど、友人は、さらりと 最初の「青春の詩」じゃないの。
そか、「青春の歌」か。私は、このアルバム忘れてるかも。ファーストアルバムに込められているその人自身のもの。今の拓郎はこのアルバムを再現することにうんと言わないような気もするけど、
今最も信頼しているという武部さんと鳥山さんに委ねるなら、新しいものを引き出せるようで、OKするかな。
拓郎が、ラジオで、ふと漏らした「イベント」という言葉と重なって、勝手に期待を膨らませる。

次は、陽水さんの「氷の世界」で決まりかと思ったけど、今日ゲストで参加もしていたし。
考えてみれば、数年前に、陽水さんは新しいアレンジで「氷の世界」を全曲通して演奏、歌う、というツアーをやっていて、私はそれに行っている。
府中だったか、機材席開放につき追加発売、先着順、というメールを「ぴあ」からもらって、即申し込んだら買えたのだった。
私が「LIVE'73」を貸したとき、後に夫となるTさんが、お返しにと貸してくれたのが「氷の世界」だったんだよね。想い出いっぱいで客席でワンワン泣いたのでした。
同じことするより、初めての拓郎よね、なんて、勝手に決める^0^

あの時、ユーミンは、なんで拓郎の名前を出したんだろう。客席に拓郎ファンがいるのを察して?ふふ。
実現したらうれしいなぁ。こんな広い体育館で、一万人が拓郎聴くの・・・


この日、大好きになったのは、やっぱり「雨の街を」。
今も、私を包む♪夜明けの雨ミルク色・・・ 誰か優しく私の肩を抱いてくれたら・・・
こんな、そっと心を訪ねてくるような可愛い歌が、案外好きなんだ。

2018.3.17「SONGS&FRIENDS」武蔵野の森総合スポーツプラザ(調布市)

「SONGS&FRIENDS」とは?
公式サイトから丸々コピーさせて頂くと、

武部聡志がプロデュースする一夜限りのコンサート「SONGS&FRIENDS」。
今も愛し続けられる数々の音楽の“名盤”“名作”。それはまさに「100年後も聴き続けてほしいアルバム」。
その音楽の“遺伝子”を受け継ぐ様々なアーティストたちが、舞台に設けられた武部のリビングルームステージに代わる代わる登場し、世代も時代もこえて、それぞれの解釈でアルバムを1曲目から全て再現するプレミアムコンサートです。
第1回目は、1973年の発売から45周年を迎える荒井由実の1stアルバム「ひこうき雲」。
・・・だそうです。

いつもながら、正確なレポートではない、こんなふうなコンサートに行った、という話です。
5月13日にはWOWOWで放送されますので、それまで内容を知りたくない方は、パスして下さいね。

会場の「武蔵野の森総合スポーツプラザ」というのは、味の素スタジアムの隣に昨年出来たばかりの新しい東京都の施設なのですね。
東京五輪に向けて建てられたそうで、駅も、あたりの雰囲気も、以前、味の素スタジアムにJリーグ観戦に行った時のイメージとは違う。
道路の拡張工事も行われていて、広々と綺麗になっている。外食チェーン店も何軒か。オリンピックの威力はすごいなぁ、、
60年代、街の変わっていく様子に、あれあれと、子供心に驚いていたのを思い出します。

一万人収容出来るという会場は、ぎっしり満員。
機材席を開放して、追加席を設けたくらいの人気です。チケット安くないのにねT_T
恵まれたアリーナ席だったのだけど、後ろを振り返り、拓ちゃんだったら、ああいうスタンド席の真後ろ、ど真ん中もいいなぁ、と思う。
誰にも遠慮することなく、突っ立って、遠くから会場全体を眺めていたいな・・・勿論、別の日に最前列中央なんて座れたら最高だけど^0^


中井美穂さんだ!司会に登場した中井美穂さん、婚のドレスを着て、少しふっくらしてました。武部さんが登場して、今回のライブの狙いを話します。
武部さんは、案外喋るんですよね。拓郎のコンサートでは、ひたすらピアノを弾く寡黙な人、と思っていたけど。

トップバッターは、原田知世さん。
ピンクのドレスに、左右の髪飾り、頬を赤く染めて、可愛い^^
1.「雨の街を」
実は、「ひこうき雲」というアルバム、リアルタイムには知らないのです。
最近になって、数回聴いたけど、まだ曲と曲名が一致しない。
ただ、これを書こうと思ったとき、♪夜明けの雨はクリーム色・・・誰か優しく肩を抱いてくれたら・・・
とぎれとぎれに、知世さんの歌声が浮かぶんです。
綺麗な声でした。いい歌だなぁ・・・で、アルバム「ひこうき雲」を聴きながら書いて、「雨の街を」だと確認する。
ほかの曲も、そんな感じに書いてます。

2.2曲目は「タンデライオン~遅咲きのタンポポ~」 
これは、すぐにわかりました。全て「ひこうき雲」からというわけじゃないんですね。2曲目は、ユーミンの歌から自分が好きなのを選曲する。
なぜか聴いていると涙が出そうになる。

「次は、ユーミン一押しのYONCE(ヨンス)さんです」さっと紹介して、次に引き継ぐ。
今、人気のバンド「Suchmos」のボーカルらしいです

3.「返事はいらない」
MC「母親のお腹にいるときから、ユーミン聴いていた。今、このステージに立っているのも母親のおかげです」

4.「Hello,my friend」
なんで涙が出るんでしょう。特に思い入れのある歌とうわけじゃないのに。ユーミンファンというわけでもないのに。
私のこれまでのどこかにユーミンの歌があったのかなぁ・・・♪ハローマイフレンド 君に恋した夏があったね~ さみしくてさみしくて・・
年のせいか、涙もろくなってる。

正直、家入レオさんのメンバー入りはよくわからなかった。だけど、
5.「紙ヒーコーキ」 若い歌声ととってもよく合っていた。

武部さんが質問します。ファーストアルバム、今、自分で聴いてどう思う?
家入レオさんも10代で自分で書いたアルバム出しているんですよね。「ファーストアルバムは、二度と出せないアルバムだから」
若いレオちゃんが歌うということで、初めての感じのアレンジをしてみた(武部さん)、何の歌なんだろう・・・あ、これか!
6.「卒業写真」
確かに新鮮に聴こえました。若い子というイメージだぅた家入レオさんも、もう23,4なのだけど。

次は、横山剣さんです。
7.「ベルベットイースター」 次は8.「雨のステイション」

JUJUが登場して
9.「きつと言える」 JUJUらしい選曲。
歌は上手いのかもしれないけど、JUJUが歌うユーミンは、あまり新鮮味がないのm(_ _)m

10.「曇り空」
途中から久保田利伸が入り、俄然盛り上がる。久保田利伸さんは人気ありますね。
次は 11.「雨の街を」
そこに原田知世さんも加わり、一緒に歌う。楽しそう。
この「雨の街」は歌いたい人が重なってしまい、それなら、いっそサンドイッチのように歌ったら、ということになった、という武部さんの解説。
あぁ、そうなんだ。
久保田利伸さんが歌うと、違う歌みたい。とっても良かったけど、2曲とも一人で歌っていないのが、少し残念。
それこそ「ひこうき雲」なんか、久保田さんが一人で歌ったら、どんな感じになるんだろう。

カーテンがいったん降りて、椅子に座った中井美穂さんと武部さんとの対談のようになります。

お待ちかね、ティン・パン・アレーだ!

       (後半に続く)

お通夜に行った

お通夜に行ってきた。弟のお嫁さんのお父さん。
たまたま先日、弟と会って、お嫁さんのクミちゃん交えて、思い出話に花を咲かせていた。その三日後の訃報。不思議なもので、人はそんなふうに、間際に思い出を引っ張り出してゆく。

子供たちが小さかった頃、姉の子も混じえて、鎌倉の家に呼んで頂いたことがある。腰越の海で遊び、夕方のバーベキューと、スイカ、花火。絵に描いたような夏休みのひと時だった。
結婚したばかりの娘の連れ合いの姉たち。「よろしく頼みます」というお気持ちもあったのでしょう。丁寧にもてなして下さった。
小さい子が騒ぐのにも嫌な顔一つせず、優しく歓待してくださるお父様だった。お休みだった広い工場で、かくれんぼをして遊ばせてもらったこと、子供たちは覚えているかしら?

クミちゃんは、身長170センチもあるスラリとした美人さんだ。今時は、170センチも珍しくないけれど、あの頃、チビ揃いの母達には、ため息が出るほどだったのよね。結婚式、文金高島田、弟も小柄の方ではないけれど、頭を越してしまうほどの高さになってしまって、「綺麗!」という声より「大きいね」という声のほうが多いようだったのは、可哀想だったな。

披露宴で、お兄さんが「妹に捧げる歌」というのを作り、弟さんのギターで歌うのは、感動もので拍手喝采だった。
新郎側としても何かしなくては・・・我が実家には、そんな芸達者などいない。で、急遽白羽の矢が立ったのが、私の夫だった。
一応社会人だもの、断って場を白けさせるようなことはしない。マイクを持って歌い始めた・・・何を考えたのか、え?谷村新司の「昴」!??

♪あぁ 砕け散る宿命の星たちよ
♪せめて鮮やかにその身を終われよ

あのさ、お祝いの席なんだよ。
本人も、歌っていて、まずいと思ったのか、汗だくで、どうにか歌い終わり・・・、以来、我が実家では、夫の前では「昴」は禁句となった。
せめて、「結婚しようよ」くらい歌えなかったんだろうか。


お通夜だというのに、姉、私、妹が揃うと、どうしても賑やかになってしまう。受付で、久しぶりに弟の子供たちに会って、感動のご対面のような挨拶をし、初めて見る弟の孫に、「わー、そっくり!」と声を上げ、不謹慎でごめんなさい。
ただ、すっかり白髪になったクミちゃんのお母さんが、私達3人が並んでお焼香するのを見て、少しうれしそうに頭を下げてくれたのに、私は気づいた。いろいろな事情もあり、心配もしていたのでしょう。決して楽ではない生活、胸を痛めることも多かったに違いない。
大丈夫、私達三人は・・・妹は決別するような形で家を出てしまったけど・・・ちゃんと、クミちゃんを大事に思っているよ。

お葬式に行く。それは、義理でもなんでもなく、残された者達が、心に火を灯すためなのだと思う。

弟の娘、つまり姪は、もう10何年も会っていなかったのだと思う。「電話の声が、ちっちゃい姉ちゃんそっくりなんだよ」と苦笑していたけれど(悪かったわね!)、実際会ったら、私に少し似ていた・・・


それにしても大船駅!40年ぶりに降り立った大船は、別世界に迷い込んだのかと思うほど、大きくなっていた。ルミネがある!昔は、駅の売店で、鯵の押し寿司「あじさい弁当」くらいしか売っていなかった。
結婚して、夫と住んだ大船は、反対側、観音様の方だったけど・・・何があったんだろう。まだ小さかった長男と、駅でひと休憩するハンバーガー店、「ドムドム」という名前で、マイナーだったなぁ・・・
「大船は東海道線、横須賀線、両方止まるんだ」というのが、夫の自慢だったけど、なに、あのホームの数!どこから乗っていいのかわからないじゃないの。

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