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2018.3.17「SONGS&FRIENDS」武蔵野の森総合スポーツプラザ(2)

月曜日、朝のテレビ番組では、何局かこの日のライブを取り上げていました。
「豪華共演!」「有名アーティスト達が名曲をカバー」「ユーミン&陽水 初コラボ!」・・・ティン・パン・アレーによるアルバム「ひこうき雲」の再現、という切り口での紹介はなかったような。

ティン・パン・アレー、ティン・パン・アレーと偉そうに書きますが、実は、私、よく知らないんですT_T
勿論、後から仕入れた情報で、細野晴臣、林立夫、鈴木茂、松任谷正隆からなる音楽バンドであること、最初はキャラメルママだったこと、もう少し音楽活動を広げていこうと「ティン・パン・アレー」に名称を変更したことくらいは知っています。
だけど、どうしてこのメンバーになったのかは知らないし、これがティン・パン・アレーの音だ!というようなことは皆目・・・ だから、この日の演奏も、さすがだ!というような感想は持てない。
ただ、わっ、よく集まったなぁ、みんな髪白い!けど、懐かしのバンドのようなヨボヨボさは全くない、みんな若くて素敵!と思ったこと、拓郎のアルバムで言うと「ローリング30」なんか思い出してしまうことくらい。


司会の中井美穂さんが「あえて、こう呼びましょう。荒井由実!」とコールします。
一曲目は12.「ベルベットイースター」ですね。
ユーミンがピアノを弾いている。
あぁ、きっとこんなふうに弾き語りながら曲を作っていたんだな、と思う。

白いパンツスーツに白いハット、男装の麗人みたいです。かっこいい。
「昔の名前で出ています」・・会場、どっと笑います。

次にお送りするのは、ひこうき雲の中で最初に出来た、14歳(と言ったっけ?)の時に作った歌です。
13.「そのまま」
バックスクリーンに昔のユーミンの写真が、次々と映されます・・・こういうのって、じーーんと来ますよね。時の流れには弱い年寄りです。
「アルバムの前にシングルで発売されたけど、300枚しか売れませんでした」これが、かまやつさんプロデュースの一枚目のシングルかな。
「だけど、今は30万円もしてるんですぅ」会場わっ!・・・お隣の友人が「持ってる!」とつぶやく。さすが。

14.「返事はいらない」

なんのMCの時だったか、昔、調律も出来ていないようなアップライトピアノで歌を作っていた。揺れるような霞むようなはっきりしない音のような話をしていた。だから、今日は敢えて自分で弾いているのでしょう。
実家での光景を思い出すとき、浮かぶのは「霧」、近くの神社の大きな池が、いつもモヤが立ちこめるようにけぶっていた。
後に、このアルバムを収録したスタジオは、海のそばの倉庫みたいなところで、やっぱり、いつも海からの霧が立ち込めてた。
「ひこうき雲」というのは、そういう霧の中に浮かぶような捕まえどころのない世界を表しているのかもしれない。

(このあたりの言葉がとても印象的で、ここ書こう、と思っていたんです。でも熱で3日寝てたら、はっきり思い出せなくて、こんなような、というあやふやなことしか書けなくなってましたm(_ _)m
ニュアンスだけでも伝われば、と思うのですが)

初めてのライブで、うまく行かず、悔しくてステージで泣いてしまった、という話もどこかでしてました。

鈴木茂さんと松任谷正隆さんの掛け合い、いいな・・・
私は、やっぱり、鈴木茂さんのギター拓郎のステージで聴きたいし、いつかまた松任谷さんにプロデュースしてほしいなぁ、と思う。

「これから始まる曲、誰のアレンジだかわかりますかぁ~」 茶目っ気たっぷりにユーミンが話します。
えっ!まだ誰か出るの?シークレットゲスト?・・・誰だろう・・・考えたってわからない。
「もったいぶるのはよしましょう。井上陽水!」
ワーッ!軽く口ずさむ感じで陽水さん登場です。
「つま恋」のときの中島みゆきさんと、どっちが衝撃だろう、と言ったら、私には、みゆきさんですけどね^^

曲名、わからなかったです。
朝の番組で15.「空と海の輝きに向けて」と字幕が出たので、あ、そうか。
途中で、ユーミンはピアノから立ち上がり、陽水さんとデュエットでした。最後には大きなハグ。
陽水さん来てくれてありがとう。うれしかったです。

そして・・・16.「ひこうき雲」
バックスクリーンにアルバムジャケットが映ります。
ユーミンは、顔も崩れんばかりに歌ってた・・・こんな表現ごめんなさい。すごいな、と思ったの。
静かな、ひっそりとした歌なのに、凄まじく、体中で歌って、立ち込める霧の中から、でも、そっと手渡すように・・・

メンバー紹介です。
ドラム林立夫、ベース細野晴臣、ギター鈴木茂、キーボード松任谷正隆、アディショナルキーボード武部聡志。

これが最後の演奏になるかもしれない。場内を笑わせます。
この中の誰が欠けても成立しないバンドだから。
細野さん以外は、みなさん、まだ60歳代なんですよね。なんだ、まだ若いじゃん。どうぞ、皆様、お体に気をつけていつまでもご活躍下さい。

ユーミン「武部さん、もう少し遊んでもいいですか」「もちろん!」
アンコールというか、第3部というか。ノリノリのコーナーが始まります。

17.「リフレインが叫んでいる」
ユーミンが歌い始め、JUJUも登場。

18.「時をかける少女」
原田知世さんも加わって3人になります。
♪とーきーをかける少女~のところで、原田知世さんを手で指すユーミン。そうだ、「時をかける少女」は原田知世だった。

19.曲名わからないよー。ユーミンと横山剣さん。

20.中央フリーウェイ
久保田利伸さんが加わると、華やかになりますね。

21.恋のスーパーパラシューター
全員で賑やかに歌い上げます。

ステージ中央で、全員で手をつなぎ一礼するというのは、拓郎もするけれど、いつから始まったんだろう・・・
拓郎、昔もやってました?瀬尾さんの時もしてましたっけ?

アンコール。
ユーミンと武部さん登場。
武部さんのピアノが始まり、「やさしさに包まれたなら」
「ありがとうございました。」

カーテンコール。
もう客電もつき始めているのに?普通なら諦めて帰るところ、「でも、ユーミンは出てくることがあるの」お隣はおっしゃいます。
・・・あ、もう疲れきったユーミンが振り絞ってという感じで、武部さんの肩を借りながらステージに出てきれくれます。
そして、お礼を言ってくれる。歌わなくても、姿を見せて、もう一度お礼を言う。
ユーミンは細やかだねぇ。


どこでの会話だったか、「SONGS&FRIENDS」の一枚目は「ひこうき雲」、武部さん2枚目は?
陽水さんの「氷の世界」なんかやってみたいですねー。(そうね、陽水さん、登場したし・・・)
そしたら、ユーミンが、武部さんはお付き合いも広いから、吉田拓郎・・・拓郎なんかどう?って。
私は思わず(そっと)拍手。

帰り道、友人と話します。
拓郎だったら、何のアルバムかなぁ・・・私は「LIVE'73」をあげてみたりするけど、友人は、さらりと 最初の「青春の詩」じゃないの。
そか、「青春の歌」か。私は、このアルバム忘れてるかも。ファーストアルバムに込められているその人自身のもの。今の拓郎はこのアルバムを再現することにうんと言わないような気もするけど、
今最も信頼しているという武部さんと鳥山さんに委ねるなら、新しいものを引き出せるようで、OKするかな。
拓郎が、ラジオで、ふと漏らした「イベント」という言葉と重なって、勝手に期待を膨らませる。

次は、陽水さんの「氷の世界」で決まりかと思ったけど、今日ゲストで参加もしていたし。
考えてみれば、数年前に、陽水さんは新しいアレンジで「氷の世界」を全曲通して演奏、歌う、というツアーをやっていて、私はそれに行っている。
府中だったか、機材席開放につき追加発売、先着順、というメールを「ぴあ」からもらって、即申し込んだら買えたのだった。
私が「LIVE'73」を貸したとき、後に夫となるTさんが、お返しにと貸してくれたのが「氷の世界」だったんだよね。想い出いっぱいで客席でワンワン泣いたのでした。
同じことするより、初めての拓郎よね、なんて、勝手に決める^0^

あの時、ユーミンは、なんで拓郎の名前を出したんだろう。客席に拓郎ファンがいるのを察して?ふふ。
実現したらうれしいなぁ。こんな広い体育館で、一万人が拓郎聴くの・・・


この日、大好きになったのは、やっぱり「雨の街を」。
今も、私を包む♪夜明けの雨ミルク色・・・ 誰か優しく私の肩を抱いてくれたら・・・
こんな、そっと心を訪ねてくるような可愛い歌が、案外好きなんだ。

2018.3.17「SONGS&FRIENDS」武蔵野の森総合スポーツプラザ(調布市)

「SONGS&FRIENDS」とは?
公式サイトから丸々コピーさせて頂くと、

武部聡志がプロデュースする一夜限りのコンサート「SONGS&FRIENDS」。
今も愛し続けられる数々の音楽の“名盤”“名作”。それはまさに「100年後も聴き続けてほしいアルバム」。
その音楽の“遺伝子”を受け継ぐ様々なアーティストたちが、舞台に設けられた武部のリビングルームステージに代わる代わる登場し、世代も時代もこえて、それぞれの解釈でアルバムを1曲目から全て再現するプレミアムコンサートです。
第1回目は、1973年の発売から45周年を迎える荒井由実の1stアルバム「ひこうき雲」。
・・・だそうです。

いつもながら、正確なレポートではない、こんなふうなコンサートに行った、という話です。
5月13日にはWOWOWで放送されますので、それまで内容を知りたくない方は、パスして下さいね。

会場の「武蔵野の森総合スポーツプラザ」というのは、味の素スタジアムの隣に昨年出来たばかりの新しい東京都の施設なのですね。
東京五輪に向けて建てられたそうで、駅も、あたりの雰囲気も、以前、味の素スタジアムにJリーグ観戦に行った時のイメージとは違う。
道路の拡張工事も行われていて、広々と綺麗になっている。外食チェーン店も何軒か。オリンピックの威力はすごいなぁ、、
60年代、街の変わっていく様子に、あれあれと、子供心に驚いていたのを思い出します。

一万人収容出来るという会場は、ぎっしり満員。
機材席を開放して、追加席を設けたくらいの人気です。チケット安くないのにねT_T
恵まれたアリーナ席だったのだけど、後ろを振り返り、拓ちゃんだったら、ああいうスタンド席の真後ろ、ど真ん中もいいなぁ、と思う。
誰にも遠慮することなく、突っ立って、遠くから会場全体を眺めていたいな・・・勿論、別の日に最前列中央なんて座れたら最高だけど^0^


中井美穂さんだ!司会に登場した中井美穂さん、婚のドレスを着て、少しふっくらしてました。武部さんが登場して、今回のライブの狙いを話します。
武部さんは、案外喋るんですよね。拓郎のコンサートでは、ひたすらピアノを弾く寡黙な人、と思っていたけど。

トップバッターは、原田知世さん。
ピンクのドレスに、左右の髪飾り、頬を赤く染めて、可愛い^^
1.「雨の街を」
実は、「ひこうき雲」というアルバム、リアルタイムには知らないのです。
最近になって、数回聴いたけど、まだ曲と曲名が一致しない。
ただ、これを書こうと思ったとき、♪夜明けの雨はクリーム色・・・誰か優しく肩を抱いてくれたら・・・
とぎれとぎれに、知世さんの歌声が浮かぶんです。
綺麗な声でした。いい歌だなぁ・・・で、アルバム「ひこうき雲」を聴きながら書いて、「雨の街を」だと確認する。
ほかの曲も、そんな感じに書いてます。

2.2曲目は「タンデライオン~遅咲きのタンポポ~」 
これは、すぐにわかりました。全て「ひこうき雲」からというわけじゃないんですね。2曲目は、ユーミンの歌から自分が好きなのを選曲する。
なぜか聴いていると涙が出そうになる。

「次は、ユーミン一押しのYONCE(ヨンス)さんです」さっと紹介して、次に引き継ぐ。
今、人気のバンド「Suchmos」のボーカルらしいです

3.「返事はいらない」
MC「母親のお腹にいるときから、ユーミン聴いていた。今、このステージに立っているのも母親のおかげです」

4.「Hello,my friend」
なんで涙が出るんでしょう。特に思い入れのある歌とうわけじゃないのに。ユーミンファンというわけでもないのに。
私のこれまでのどこかにユーミンの歌があったのかなぁ・・・♪ハローマイフレンド 君に恋した夏があったね~ さみしくてさみしくて・・
年のせいか、涙もろくなってる。

正直、家入レオさんのメンバー入りはよくわからなかった。だけど、
5.「紙ヒーコーキ」 若い歌声ととってもよく合っていた。

武部さんが質問します。ファーストアルバム、今、自分で聴いてどう思う?
家入レオさんも10代で自分で書いたアルバム出しているんですよね。「ファーストアルバムは、二度と出せないアルバムだから」
若いレオちゃんが歌うということで、初めての感じのアレンジをしてみた(武部さん)、何の歌なんだろう・・・あ、これか!
6.「卒業写真」
確かに新鮮に聴こえました。若い子というイメージだぅた家入レオさんも、もう23,4なのだけど。

次は、横山剣さんです。
7.「ベルベットイースター」 次は8.「雨のステイション」

JUJUが登場して
9.「きつと言える」 JUJUらしい選曲。
歌は上手いのかもしれないけど、JUJUが歌うユーミンは、あまり新鮮味がないのm(_ _)m

10.「曇り空」
途中から久保田利伸が入り、俄然盛り上がる。久保田利伸さんは人気ありますね。
次は 11.「雨の街を」
そこに原田知世さんも加わり、一緒に歌う。楽しそう。
この「雨の街」は歌いたい人が重なってしまい、それなら、いっそサンドイッチのように歌ったら、ということになった、という武部さんの解説。
あぁ、そうなんだ。
久保田利伸さんが歌うと、違う歌みたい。とっても良かったけど、2曲とも一人で歌っていないのが、少し残念。
それこそ「ひこうき雲」なんか、久保田さんが一人で歌ったら、どんな感じになるんだろう。

カーテンがいったん降りて、椅子に座った中井美穂さんと武部さんとの対談のようになります。

お待ちかね、ティン・パン・アレーだ!

       (後半に続く)

お通夜に行った

お通夜に行ってきた。弟のお嫁さんのお父さん。
たまたま先日、弟と会って、お嫁さんのクミちゃん交えて、思い出話に花を咲かせていた。その三日後の訃報。不思議なもので、人はそんなふうに、間際に思い出を引っ張り出してゆく。

子供たちが小さかった頃、姉の子も混じえて、鎌倉の家に呼んで頂いたことがある。腰越の海で遊び、夕方のバーベキューと、スイカ、花火。絵に描いたような夏休みのひと時だった。
結婚したばかりの娘の連れ合いの姉たち。「よろしく頼みます」というお気持ちもあったのでしょう。丁寧にもてなして下さった。
小さい子が騒ぐのにも嫌な顔一つせず、優しく歓待してくださるお父様だった。お休みだった広い工場で、かくれんぼをして遊ばせてもらったこと、子供たちは覚えているかしら?

クミちゃんは、身長170センチもあるスラリとした美人さんだ。今時は、170センチも珍しくないけれど、あの頃、チビ揃いの母達には、ため息が出るほどだったのよね。結婚式、文金高島田、弟も小柄の方ではないけれど、頭を越してしまうほどの高さになってしまって、「綺麗!」という声より「大きいね」という声のほうが多いようだったのは、可哀想だったな。

披露宴で、お兄さんが「妹に捧げる歌」というのを作り、弟さんのギターで歌うのは、感動もので拍手喝采だった。
新郎側としても何かしなくては・・・我が実家には、そんな芸達者などいない。で、急遽白羽の矢が立ったのが、私の夫だった。
一応社会人だもの、断って場を白けさせるようなことはしない。マイクを持って歌い始めた・・・何を考えたのか、え?谷村新司の「昴」!??

♪あぁ 砕け散る宿命の星たちよ
♪せめて鮮やかにその身を終われよ

あのさ、お祝いの席なんだよ。
本人も、歌っていて、まずいと思ったのか、汗だくで、どうにか歌い終わり・・・、以来、我が実家では、夫の前では「昴」は禁句となった。
せめて、「結婚しようよ」くらい歌えなかったんだろうか。


お通夜だというのに、姉、私、妹が揃うと、どうしても賑やかになってしまう。受付で、久しぶりに弟の子供たちに会って、感動のご対面のような挨拶をし、初めて見る弟の孫に、「わー、そっくり!」と声を上げ、不謹慎でごめんなさい。
ただ、すっかり白髪になったクミちゃんのお母さんが、私達3人が並んでお焼香するのを見て、少しうれしそうに頭を下げてくれたのに、私は気づいた。いろいろな事情もあり、心配もしていたのでしょう。決して楽ではない生活、胸を痛めることも多かったに違いない。
大丈夫、私達三人は・・・妹は決別するような形で家を出てしまったけど・・・ちゃんと、クミちゃんを大事に思っているよ。

お葬式に行く。それは、義理でもなんでもなく、残された者達が、心に火を灯すためなのだと思う。

弟の娘、つまり姪は、もう10何年も会っていなかったのだと思う。「電話の声が、ちっちゃい姉ちゃんそっくりなんだよ」と苦笑していたけれど(悪かったわね!)、実際会ったら、私に少し似ていた・・・


それにしても大船駅!40年ぶりに降り立った大船は、別世界に迷い込んだのかと思うほど、大きくなっていた。ルミネがある!昔は、駅の売店で、鯵の押し寿司「あじさい弁当」くらいしか売っていなかった。
結婚して、夫と住んだ大船は、反対側、観音様の方だったけど・・・何があったんだろう。まだ小さかった長男と、駅でひと休憩するハンバーガー店、「ドムドム」という名前で、マイナーだったなぁ・・・
「大船は東海道線、横須賀線、両方止まるんだ」というのが、夫の自慢だったけど、なに、あのホームの数!どこから乗っていいのかわからないじゃないの。

だからどうということは

甲状腺の奥に副甲状腺という米粒の半分位の小さな器官がある。その一つが腫れているそうな。
術後の定期検診でお世話になっている医師が、血液検査から見つけてくれた。内科に回され、副甲状腺亢進症という病名がつく。
薬等では治療できず、完治には手術しかないということで、某超有名な専門病院に紹介された。
怠い、疲れやすい、カルシュウムをコントロールする器官なので、骨折しやすくなる、結石もできやすい・・・以前なら、「老化」で片付けられた病気とも言えない病気だ。医療が進み、検査で見つかることが多くなったのですよね。

その「とっても混んでいる病院」は、評判だけのことはある、と受診して感じた。待ち時間はとっても長いけど、だいたいの目安は教えてもらえるし、携帯でもわかる。その間、どこに行こうと食事をしようと勝手にできる。表参道だから、散歩に行く場所には事欠かない^^
患者が多い分、職員さんも多い。にこやかにテキパキとよく訓練されてるなぁ、と感心するし、担当の女性医師の説明は細かく丁寧で、気持ちいい。
3度目の受診は、途中休憩を挟んで3時間にも及ぶアイソトープがあったけど、検査が終わって、もう一度診察に戻ったら、大勢の患者さんが待つ中、すぐに呼んでくれて、「長い検査、お疲れ様でした」・・・医師からそういう言葉をかけてもらったことは、ないような。
で、経過観察するには、カルシュウム値が高く、骨密度も下がってきている、その原因も特定できているので、やはり取りましょう。手術ということになった。

放っておいてもいいような気がするけど・・・今すぐどうということもないのだし、誰だって年取れば、体力も落ち、骨も弱くなる、でも・・・ここまで来て、治療しません、というわけにもいかないし、転んで骨折でもしたら寝たきりの第一歩だ、子供たちに迷惑をかけるわけにはいかない。出来ることはしておかないとダメだよね。

簡単な手術なのかもしれない。けど、喉って嫌よね。一応全身麻酔らしい。嫌だな。麻酔から醒めたあと、ボケたらどうしよう。何もしたくないな。面倒だな。静かにしていたい。
医療費も馬鹿にならないんだ。市民病院での外科、内科、ここでの再検査、血液だのエコーだの、3回も同じような検査を受けた。今回は、アイソトープだけで、2万なにがしかも払った。国や市から様々な補助があるのはわかっているけれど。
入院係さんが、私の生まれ年を見て、親切にも、「70歳になるまで待てば、費用も安くなりますよ」・・・でも、私11月なんです。丸一年もある。これが、2,3ヶ月の違いというなら待ちますが。

第一、その日の入院・手術になったのは、先生の取り計らいもある。一般病室は7月まで空かないというのを、春までにはという要望を出してくれて、「枠」を使うことになったのだとか。手術まで間が開くけど、急に数値が上がることもあるので、受診は毎月して下さい、とも言われている。
なのに、安くなるから一年後にしてください、なんて言えるわけないじゃん。

というわけで、4月半ばに入院・手術です。
楽しみにしていた「遠くのお花見」は、パス。
拓郎のツアーがあったとしても、4月じゃまだ始まらないだろう、というのが救いかも。

子供たちにLINEをしたら、今からその日に休みの申請しておく、とか、娘は一人で上京する口実になるから行くよ、とか・・・世話をかけて、ごめんね。
このまま何もせずにいたい、とか、貯金が減るとか、そんなこと言えるわけもない。「お世話になります」と言うだけだ。
愚痴は、ここでこぼすしか。

子供に弱音を吐かないのも、主婦の仕事じゃん。
洗濯物がどうだの、掃除、料理だの、女の役目はそういうことじゃない。家にいる女は泣いちゃいけない、家事よりも大切なことだ・・・・ま、ヒスはよく起こしたけどね。

ほんとは、お花見のこと書きたかったんだけど。明日にしましょ。

その4 またね。熊本。

朝食は、ちょっと豪華にホテルのモーニングブッフェだ。
普段朝は、コーヒーとパンで済ませるのに、どうして旅先では、ご飯を食べてしまうのでしょう^^

今は、どこのホテルでも朝食はバイキングというところが多いけど、ここは一味違うのかも。
地元の特産品が並ぶがコーナーある。
なるべく地元のものを食べていこうと思うのに、フレンチトーストに目がいってしまう。パンも美味しそうだ。パンなんかさ、どこでも食べられるんだからよしときなさい。
まずは、和食で行こう。あれもこれも、一口ずつ。だご汁は、味噌味で、だごは、ころんと丸かった。味噌汁代わり。やっぱり牛乳も飲まなくちゃ。高菜も食べなくちゃ。辛子蓮根やぐるぐるを、もう一度。お魚も美味しかった。
通りの見えるカウンター。今日もお天気良さそうね。
食後に、コーヒーと、ヨーグルトと、もう一度山盛りの生野菜と・・・やっぱりフレンチトーストを食べてしまったT_T

胃の手術をしたあと、ランチバイキングに行くことがあったのです。まだ食事制限があった頃で、たくさん食べられないのに・・・と思ったけれど、むしろバイキングの方が、合っていること発見!
食べられるものを、食べられるだけ、マイペースで食べればいい。まだOKの出ていない食品は取らなければいいのだし、残してごめんなさい、ということもない。
食べるのが遅くて、困らせることもない。元を取ろうなんて考えないからさ^^
市内に、時間制限もなく、3時過ぎまでずっとお喋りしていられるシティホテルのランチバイキングというのがあって、お客はおばさんばっかりなのだけど、友人と会うときは、そこに行っていた。
今は、普通になんでも食べられるから・・・量を多く取れないのは、年のせいT_T
別の意味で、こういう素敵なホテルのブッフェは、気持ちが豊かになって、うれしい。

市電は、どっち方面に乗るのか、確かめておいたのだけど、一応、駅に行くのは、どっちに乗ったらいいですか?と、チェックアウトの時に聞く。これも会話、挨拶だわさ。
市電は、何とも言えず、旅に来た!という情緒感でいっぱい。「花畑」は、はなばた、と読むんだ。
(後で、娘に、あなたのところは「おはなばたけ」だったよね、と言ったら、「はなばたけ!お花畑じゃ、おめでたすぎるでしょう」と言われた^^;)
「慶徳校前」。。慶徳高校という高校があるんだ、と思い込んだら、小学校なのですって。「祇園橋」。。なんで祇園なんだろう。どうでもいいことをボーっと考えていたら、熊本駅。
駅は、昔ながらの駅、とう感じで、ん?新幹線も通ってるのに?・・・在来線側と新幹線側があるのですね。新幹線側は、さすがに近代的だった。

掛川駅もそうでしたよね。新幹線で降りて、私たちは、わざわざ通路くぐって、在来線側に行き、写真を撮ったものでした。
私は、掛川にはバイバイしたから。拓郎ライブでもなければ。

九州新幹線は、あえて「つばめ」にしました。熊本始発だったから。「さくら」より時間がかかるけど、ほんの少しの時間だもの。
「つばめ」にした、と娘に言ったら「椅子ふかふかだよ」・・そうなの?始発の方が熊本っぽいかな、と決めただけなんだけど。
乗ったらわかった。

今人気の豪華列車には届かないけど、特別仕様なのですね。新幹線じゃないみたい・・座席も2つ2つだ。
座り心地も良く、ゆったりできる。

ファイル 53-1.jpg
結構混んでいた。人のない場所探して撮ったので、中途半端な写真になってしまった。


車内にあった情報誌に、「古町と新町」という特集が載っていた。
さっき通った「慶徳校前」で降りたら、「古町」に行けたんだ。少し歩けば「新町」。
写真にはレトロでモダンな店が並ぶ。そのお店でお酒を買いたい、そこの居酒屋で飲んでみたい。(お酒ばっかT_T)
その書店で本を選び、お茶を飲みたい。川、見たいね。洗馬橋・・・センバヤマにはタヌキがおってさ・・・センバって、こう書くんだ。馬を洗う、か。千の婆さんじゃなかったT_T

その城下町のことは、教えて頂いていたのだけど、時間がなかった。
今度、行きたいな。また熊本に来なくっちゃ。娘達が九州にいるうち・・・いつまで九州にいられるのかなぁ、あの子達。


改札で、娘達が待っていてくれた。
そのまま夕食の買い物をして、お昼に行く。
すぐ近くのうどん屋さん。タモリさんも言っていたけど、福岡のうどんは柔らかい。
讃岐うどんに慣れた孫は、初めて食べたとき「なんだ!これ!」と言ったそうだけど、今では、その「なんだ、これ」が、
すっかりお気に入り。
私も、もう一度食べたかった。ごぼ天入の、柔らかいうどん。お昼は、それがいい、とリクエストしておいたんだ。

夕食は、孫たちのリクエストでカレーライス。
おばあちゃんのご飯が美味しいと言っていた孫たちも、お母さんの料理が一番、に変わってきている。
娘に、カレー、作らせた。せめてものフルーツいっぱいの豪華サラダは、私が作る。
「いってらっしゃい!」「ドリカムがんばってねー」・・・もうみんな大きい。泣くこともなく、お父さんお母さんを送り出す。ドリカムの何を頑張るんだか。

親がいなけりゃ、子供はいい子だ。パクパクとカレーをきれいに平らげ、たくさんお話をしてくれて、粘土で遊び、折り紙をして・・・首の三つある鶴、というのに挑戦したけど、折り方の図だけではよく分からず、私は途中でリタイア。5年生の孫(女の子)は、ああでもあない、こうでもない、と折ってみて、出来た!折り紙でも孫に敵わなくなった。パズルでも敵わないけどね。
後半は、手抜きで、テレビの録画を見せ、私は、読み止しの本を読む。平和だ・・・

その3

ホテルにチェックインするまでの間、少しあたりを散策してみよう。
「上通」、何が違うのだろう。落ち着いた感じがするのは。あ、足元!中央に濃い茶色の細長いタイルが並んで、周りに薄めの茶色。ホテルの廊下のような?写真も撮らず、記憶もぼんやりだから、説明できないけど、なにかシックなのでした。両側に並ぶお店も、賑々しさがないのですね。さっき行った「下通」の方が、日常的なような。

昔好きだった某商店街は、今は、ファーストフードやチェーン店の賑々しい看板が並び、まだ残っていると安心していた店も、いつの間にか姿を消し、ブームの店には、長い行列・・・私などが行くところではないな、と、たまに都心に出ても足を向けることはなくなった。
私の生まれ育った小さな駅の商店街も、代が変わればビルになり、お菓子屋さんもお茶屋さんも、パン屋さんも、皆、後を継がなかったから、1階は貸店舗。行ったって、そう懐かしくは・・・かくいう私の実家も、上を住まいにして、1階は美容院が入っているんだけどね。
勿論、熊本の商店街も中に回れば、様々な事情を抱えているのだろうけど、地方の中心都市のアーケードって、一極集中!みたいなところ、あるじゃない?それが、決して観光客目当てではない、揺るがない佇まいを保っているのは、すごいことだと思う。

一本横の「上乃裏通り」というのも歩いてみる。
若い人がやっている面白い店もあるそうな。安売りワゴンの中に、可愛いブラウスを見つける。買っちゃおうかな・・・。待てよ。旅行の目的が違う。
この前娘に、買ったけどやっぱり私には若すぎるからあげる、とTシャツを送ったら、「もう○○才なんですから、考えて買いなよ」と言われたばかりだし^^;でも、何か掘り出し物があるかもしれないと引っ掻き回していたら、お店の人が出てきたT_T引っ込みがつかなくなって、お店の中にいれてもらう。
アクセサリーや置物や・・・伸びるビニール紐のようなもので編んだ指輪があった。50円!これ、孫のお土産にしちゃおう。ふと横を見ると、3センチほどの小さなフクロウの置物が目に付いた。5体あって、一つ一つ表情が違う。これ、「夫のふくろうコレクション」の仲間にしよう。一番可愛いのを、ひとつ選んだ。
フクロウ見ると、すぐ買っちゃって。「フクロウお好きなんですか。私も大好きです。」しばし、ふくろう談義に花が咲く。「フクロウを腕に乗せてもらったことあるんです。こんな革の防具を腕につけて」←お店の人。怖くなかったですか?私は、夫が・・・だから、私、おしゃべりじゃないってばT_T

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 家に帰って、出して見たら、
 そんなに可愛くなかった。
 どこの国の物なのか、聞いたけど、忘れた^^;


ホテルの部屋に入って、まずすることは、スマホの充電^^; 大丈夫、ちゃんと充電されている。100均も捨てたもんじゃない。
今日の夕食は、友人がお店を予約してくれている。何品か料理の注文もしてくれているらしい。行くのは私一人だけどね^^
その前に、熊本城見てこなくては。
一時間あれば、行って帰って来られるかな。一時間半あれば十分よね。

なんだって行き当たりばったりの私も、ちゃんと時間見て、計算して行動することが多くなっているのです。環境の変化もあるし、年のせいもあるし。
それに、旅行は計画しているのが楽しい、というところもあるよね。行きたい場所をピックアップして、電車やバスを調べ、地図に印を付け、どこにどうやって行こう。こうやって回れば、こことあそこに行けるかな。一日に数本のバスを待つのも、予定のうち。それに、どうせ私は一人。ツアーで知らない人と回るのは面倒くさい。今は、おひとり様歓迎のツアーもあるようだけど、そうまでして見たい名所旧跡あるでなし。

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今回は、「熊本用ノート」を作り、日程を書き込んだり、時刻表、地図を印刷してベタベタ貼ってみたのです。
カバーをつけたら、2mmのボール紙を使ったので、程よい台代わりになり、メモするにもしっか書けて便利でした。今度拓郎のライブがあったら、これでメモしてみちゃったりして。

CacampusノートのB6(128×182)を入れ替えできるようにした。栞紐に、刺繍糸を撚って、タッセル作って。我ながら良く出来た!地味だけどね。

スマホの地図を見ながら歩くの、苦手なんです。スマホの画面と体の向きが同じにならなくて、逆か、と向きを変えると、スマホの方も回っちゃって、すごーく遠回りのルートが出てきたり。
これ、監獄のお姫様で、「馬場かよ」がやってたよね^^;
監獄のお姫様、録画して見ているのです。愛子さん出ているからじゃないよ。拓郎が好きなものはなんでも好き、と言ったって、近頃の拓郎の「愛子さん話」にはついていけない・・

というわけで、ノート持参で地図を見ながら行った。
熊本城って、こんな近くにあるんですね。バスを降りたときも、前方に見えていたけれど。
ここは、ほんとの城下町なんですね。だから、街が大人の感じもするのかな。
今は熊本城も修復工事中で、中に入れないから、加藤神社から、その様子を眺めます。神社までは、ゆるい坂道を登ってゆく。あたりは、とっても落ち着いた雰囲気で、例えは悪いけど、東京の高級な住宅街の坂を登っている感じ。こんなに広いんだ・・・ぐるっと周りを巡っていると、改めて、その大きさを感じます。
今まで、旅先でお城があれば、当たり前のように行っていたけれど、こんなに静かにお城の存在を感じたのは初めてです。
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降りてきて、市電が通るのを眺める。賑やかです。明日は、あの市電に乗って駅まで行くのです。
芝生になってるところは、電停なのかと思っていたら、違うんですね。道路の真ん中、ここを市電が通るんですよ、という印になって、自然の緑がいい感じ。
高知、長崎、広島・・・私が路面電車に乗ったのは、西の方ばかり。
子供の頃、オリンピックまでは「都電」があったけど、私には縁がなく、たまに友達の家に行くのに乗ろうとすると、どこから乗っていいのかわからず、まごまごしてた。降りるときも、車ビュンビュンで、上手く渡れない^^; 流れる道路での真ん中で、島に取り残されるドジみたいだった。

ホテルに戻り、少し休んで着替えます。
私のお洒落なんて、たかがしれているけれど。一人で食事するだけなのだし。でも一応・・・赤いにしようかグレーにしようか、少し迷って、大人しく見えるようグレーを持った来たんだ。もしかしたら昼間の服、スニーカーのままでもよかったのかもしれないけど、変なのが来た!と思われても困るから、無難で行こう、と思ったの。
店主さんが、カウンターの端から二番目の席にを勧めて下さった。今の私には飲みきれないのをわかって、「生」を注文する。まずは生ビールが美味しいよね^^

「辛子蓮根とグルグル」
辛子蓮根、中の辛子が、まだほんのりと暖かく、柔らかくて、とっても美味しかった。辛子蓮根て、ほんとは、こういうのだ・・・

プロの料理人さんの前では、恥ずかしくて、とても言えなかったけれど、昔、辛子蓮根を作ったことがあるのです。40年以上も前。
まだ情報も行き届かず流通も発達していなかった時代です。熊本には、カラシレンコンというのがあるらしい。美味しいのかな。味、見当がつきませんでした。ある日、雑誌に「辛子蓮根」の作り方、というのが載っていた。
これだ!作ってみる。
昔はレンコンも、今のように小ぶりでなのは出回ってなくて、とても大きかったように思います。
辛子、おから、味噌も入れたのかな。辛子はチューブでなくて、粉末でした。その辛子の黄色い粉がねぇ・・・練っていると、辛さが鼻にツンと来て、目にも来て、涙ボロボロ。うーっ、しんど。ようやく辛子味噌らしきものが出来れば、それを穴に詰めるのが、また一苦労。逆さにしてトントンしたけど、なかなか入っていってくれない。上と下から入れても、真ん中が空いてしまう。箸でつついて押し込んだり。
揚げるったって、一本丸ごと・・・箸で転がしながら、つきっきりで揚げた。どのくらい揚げたらいいのかわらない・・・ようやく出来上がった山盛りの辛子蓮根、食べてみたら・・・わけわからない、ただやたら辛いだけの、可笑しなものができてしまったのでした。これじゃ、おかずにならないわ・・・急いで、玉子を焼いたのか、肉を炒めたのか・・・
これは、結婚前だったことは確か。夫がいたら、多分、叱られていた・・・
その日、出して頂いた「辛子蓮根」は、全くの別物でした。家に帰ったら、作ってみようかな・・・性懲りもなくT_T

「グルグル」・・・ネギのグルグルという名前でしたっけ。
茹でた細い青ネギを、ぐるぐるっと巻いて、酢味噌のようなタレがかかっている。
歯触りが、とてもいいのです。ネギもこんなふうにすると、一品になるんだ・・・とっても気に入りました。
家でも作ってみようかな・・・また、出来もしないくせにT_T

五月のお節句に、菖蒲湯にしたのです。
夫が喜んでくれると思いきや、お湯から上がるなり、葉っぱがベタベタ体について気持ち悪い・・・。菖蒲知らないの?そうじゃない。夫の実家では、菖蒲を縛ってお湯に入れるそうな。
適当な長さに折ってたたみ、余らした葉っぱで、周りをグルグルっとして、端を中に入れる。電気コードなどそうするでしょ。あんな感じ。それで、体をこすったりする。体に葉っぱがまとわりつくこともないし、片付けも楽。
ふうん。それから我が家は、グルグルした菖蒲を入れるようになったのです。

熊本の「グルグル」を食べながら、そんなことを思い出す・・・だって、縛り方おんなじだったのですもの。これも、お店では言えなかったでしたT_T


「馬刺し」を出して頂きました。
霜降りと、赤身と、たてがみと。なんとも言えず、美味しかったです。

ほんとは、九州のお醤油、ちょっと苦手なんです。でも、その甘さと濃さが、馬肉の旨みとよく合っていた。関東のしょっぱいお醤油では、違うのかもしれないですね。
「たてがみ」は、見た目、真っ白なラードのようなホワイトチョコのような。5ミリほどの厚さで、小さな四角に切ってありました。
口に含むと、固いのかな、と思った瞬間、すっと溶ける、というか。包丁の切り口というのも大事なんだろうと思います。

お酒は、熊本の日本酒にしました。最初「甘口?」と思ったんです。柔らかいから。でも、飲んだら、辛口なんですね。大好き、こういうお酒。
馬刺しに地元のお酒。幸せです。
店長さんも、アルバイトの女子大生さんも、気を配って下さり、会話も弾み、というか、私が一方的に喋ってm(_)mとても楽しいお酒です。
やっぱり、こういう食事は一人じゃない方がいいな、と思います。

夜、こんなふうに飲みながら食事をするのって、どのくらい久しぶりでしょう。拓郎のコンサートもないのだし。
今、お付き合いのある手芸の友達、体操仲間、町内の知り合い、夜出かけて飲みましょう、なんて人、一人もいない。
昔の友達も、会うのは昼間。ランチでビールをグラスに一杯、がせいぜい。
オフ会がある時は、楽しいお酒が飲めた。でも、それをセッティングするのは毎回私で、私がそれをやめたら、そういう機会が全くなくなった。私って「実は」人気無かったんだ、と思い知った次第でありますです。

予約して、お店の方にいろいろお願いしておいて下さった友人に、心から御礼を言わなくては。
こんなに素敵な夕食の機会を与えて下さって。

馬肉を細く切って、納豆とうずらの卵を乗せたものが出ます。
熊本でも納豆食べるの?
「もうちょっと、お醤油かけよう。」「あ、かけすぎた!」なんて一人でブツブツ言っている私を、店長さんは、どう思ったでしょう。
美味しいですと、言えよ、私。
でもさー、そんなに一口毎に、にっこり笑って「美味しいです」・・・言えないよねー。
だからと言って、バイトの女子大生さんと、竹内涼真の話で盛り上がることはないんだけど^^;
菅田将暉も好き、と言ったら、「チェック細かいですね」。菅田くんのお父さんが拓郎ファンでね、なんて言えないじゃん。

その学生さんは4年生。就職も内定しているそうで、この店で4年間ずっと働いて来たのだそう。途中でやめないで偉いです。こういう接客業で働いたこと、きっと社会に出て役に立つよ。基本は、人との付き合い、接し方だから。偉そうに講釈たれます。自分は、付き合い下手なくせしてねー。
「おかげで、入社の面接の時も、あがらずに、ちゃんと受け答えできました」・・・店長さんの教育が良かったんじゃない?と、ここで店長さんを持ち上げる私。

「あと、だご汁と高菜ご飯が出ます。」

なんて呼んだらいいのだろう。マスターじゃ変だし・・・名前で呼ぶわけにもいかない。バイトの学生さんが店長さんと呼ぶから、やっぱ、店長さんか。
店長さんではない、もっといい呼び名があるような気がする、素敵な料理人、「店長さん」でした。
多分、その店は、郷土料理の店というわけでもないのだと思う。創作ダイニングと書いてあった。
熊本が初めてだという私のために、郷土料理を取り揃えて下さったのでしょう。辛子蓮根も、さっき作りました、とおっしゃっていた。「辛味、どうですか」と聞いてくださった。
3種類の馬刺しも、特別だったのかもしれない。
心を込めて作って下さって、ありがとうございます。

ダゴ汁は、お醤油味で、ダゴ=お団子は、スベスベとよく練ってあって、手で少し薄く伸ばした感じ、丸くないの。
子供の頃、「すいとん」が好きだった私には、うれしいお汁です。
高菜ご飯も、高菜が細く切ってあって・・その切り方が繊細。油で炒め、ご飯と合わせて・・・とっても美味しかったのです。
けど、悲しいかな。私には、もうお腹いっぱい。
残したくないなー。せめて、だご汁は全部飲もう。高菜ご飯、半分残してしまいました。ごめんなさい。
量が多いと言うのじゃないんです。考えられた品数、量だと思います。ただ、私が食べられない・・・T_T
もう一品、店長さんお得意のお料理を注文できたら良かったのに。お店の人気メニューNo1はどれですか、伺って、注文したかったです。
あーあ、あんなに勝手に喋らず、店長さんに、たくさんお話して頂けば良かった。
もう一度行く機会あるかしら?
一期一会と言う。だから人との出会いを大切にしましょう、という使い方もあるけれど、料理は一回きりの勝負。また同じものにはお目にかかれない。一期一会なのです。

今思うのは・・卒業するという学生さんに、お花を贈りたい。

帰りにコンビニで、缶チューハイを一本買いました。昨晩、缶チューハイがあったらいいな、と思ったから。
でも、それ、冷蔵庫に放り込んだまま。いつの間にか眠ってしまった。

その2

早起きをして、明けゆく空を眺めながら、のんびり露天風呂に入ろうと思っていた。
阿蘇の朝の空気はどんなでしょ。お風呂の中で思い切り吸い込んで、のびーっとするんだ・・・

だけど、朝起きたら、朝風呂の自信がない。昨晩、ちょっと調子悪かった。やっと治った風邪が怖い。お風呂はやめたほうが良さそう。
朝ごはんを食べながら考えた。阿蘇神社に行くバスまでの時間を、ただ部屋で潰すなら、いっそ、早いバスで行ってしまったらどうだろう。
そしたら、慌ただしく参拝して、お水を汲んで、熊本に行きのバスに間に合わせようと、時計と睨めっこしながらせっせと歩かなくて済む。のんびり散策して、カフェでお茶くらい飲めるかも知れない。
同じぼんやり過ごすなら、ホテルの部屋より、神社の境内の方がいいよね。
バスの時間を調べる。
7時40分のバスがあった。8時ちょっと過ぎに着いてしまう。早すぎるかなぁ。早すぎることはない、遅すぎるバスよりも??
まだ7時前。30分あれば支度は出来るわ。そうしよう。

バスの乗客は、また私一人だ。途中で高校生らしき女子が乗って、駅前で降りた。
敢えて阿蘇神社まで乗らず、手前の宮地駅で降りることにした。時間が余るから、どんな駅なのか見て、そこから歩こう。
コインロッカーがあったので、荷物を入れる。

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実は大荷物だったのです。孫達リクエストの「東京バナナ」を二種類、空港で買って持ち歩いていた。夕食のための着替えと、明日の分と、念のためのセーターと。
草千里では、キャリーバック引っ張っていたら、車輪で馬の糞を踏みそうになった^^;
バッグ一つの身軽になって、サー、出発。
迷うといけないので、わかりやすい県道?を歩く。ただ、どんどん真っ直ぐ歩く。そろそろかな?不安になったところで左に曲がったら、駐車場のような所に出た。インフォメーションセンターがある。

正直、これが阿蘇神社!という感慨は、あまりなかった。
地震で潰れたという楼門も、すでに解体されているのでしょうか。あたりは立ち入り禁止になっている。
シートで覆われ、工事が進んでいるのは?・・・その様子を写真に納めたとて、うまくいえないけど・・・何を報告するというのでしょう。

仮拝殿で参拝をし、おみくじを。今時は、どの神社でも、趣向を凝らしたいろんな「おみくじ」があるけれど、私は100円のごく普通の。200円のしか置いていない神社では、やめる^^;
去年行った藤の花で有名な神社では、藤の種をいれた「おみくじ」があるというので、楽しみにしていたけど、1000円もするので、やめた^^;
おみくじ、好きなんだ。信じるとか信じないとかでなく、その時の指針にする。案外ほんとにそうだ、と思われること書いてあるんだよね。たまには自省しないと。

湧き水が、とっても美味しかったんです。友人の言うとおり。昨日のバスの運転手さんの言ったとおり。
空のペットボトルを二本用意してきたので、詰める。
門前町商店街は、9時からだと書いてあった。行ってみよう。珍しい横参道というけれど、私の印象では、奥という感じ。参道というと、まっすぐ神社に向かう道、という思い込みがあるから。

「水基(すいき)巡り」というのもあるのだそう。あちこちのお店の脇に、思い思いの名前をつけた水飲み場がある。水基によって、味が違うのかなぁ。風情もあるし、可愛い。飲み比べもいいかもね。
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買いたかった和菓子もあったのだけど、探して行ったら、お店締まっていた。平日の朝、訪れる観光客も、少ないのですよね。だいたい、私の行動パターンが、人とずれているのかも。
お店は開いていても、まだ火が入っていない感じだったり。後で訪れたお菓子屋さんでは、開店時間を遅らせているお店もあると言っていた。
女学校跡、名前もわからない小さな神社、湧き水をパワースポットと呼ぶのは、どうなんでしょ。あちこち、「水を片手に散歩する」(泉谷さんの歌は、何を片手に?)
震災から一年目の春、この門前町商店街でお花見を催した時の写真。満開の桜と人々の笑顔と・・・大きな大きなポスターが貼ってあった
来年の桜も見事に咲きますよう。

「たのシュー」という有名らしいシュークリームの店が、美味しそうな香りを漂わせていた。入ってみると、イートインのスペースがある。お勧めのウインナーコーヒーと出来たてのシュークリームを注文する。
「クリームが溢れやすいので気をつけて」紙にくるまれ、手渡されて小さなシュークリーム。130円。あら!美味しい。皮が柔らかく、上にサクッとした粉がかかっていて、クリームが何とも言えない。ペロッと食べて、すみません、もう一つ下さい。
地元なのか、買いに来ている人がいた。私も娘達に買って行きたいな。喜ぶだろうな。無理よねー。代わりに、日持ちのしそうなお菓子を包んでもらう。

もう一度神社に戻り、飲んで減った分だけ、水を足す。
門前町にも、あちこち水があるみたいですね。私がそう言ったら、昨日のバスの運転者さんは、何もそこで汲まなくても、せっかく神社まで行くんだから、神社の湧き水にしたらいい、と言ったっけ^^

インフォメーションセンターの近くにいたおじさんに、念のため宮地駅までの道を聞いたら、私が来た道を教えてくれた。知らないふりして、お礼を言う。
「けど、2,30分はかかるよ」あんたのその足じゃ、と言いたげ。そんなにかからないわさ。来たんだから。健脚ではないけれど、私がせっかちなの、知らないなー。
結局、車ブンブンの風情のない道を歩いて駅に戻る。
コインロッカーから荷物を出す。水を二本と、買ってしまったお菓子、荷物が増えた!

熊本に行く「やまびこ号」のバス停は、駅前でなく、大きな通りのソフトバンクの前あたりだというのを確かめていたから、余裕です。私もやるじゃん、今日午前の行程に満足していたら、あ!スマホの充電器、ホテルに忘れてる!
荷物を探るまでもなく、はっきり、「私は入れていない」と確信する。こういうの、確信というんだろうか・・・T_T
真後ろのソフトバンクに飛び込む。3890円と4千いくら?勿体無い、家に帰れば、息子が沢山持っている。どこか安いので間に合わせよう・・・「正規品じゃないと、ちゃんと充電できないことありますよ」お店の人はそう言うけれど。
スマホはひとまず低電力モードにしておこう。

少し遅れてバスが来る。なんとなく、空港から阿蘇を経て熊本という感じがしてしまうけど、空港から右左なんですよね。空港までの道をバスが戻っていると、帰るみたいで、「さよなら」 また阿蘇にくることあるかなぁ、と、少ししんみり。

熊本市内は、さすがに都会です。
「水前寺公園前」で降りて、水前寺成趣園に行くつもりだったけれど、行き交う車を見ていたら、バス通りを渡って行く元気がなくなる。朝、張り切りすぎたかな。スマホの充電も気になるし。そっちをどうにかしよう。こういう時は、たぶん、駅まで行くより、通りで降りた方が用が済む。
水前寺公園には、また来る機会もあるかもしれない。パスして、「通町筋」で降りることにする。
バスを降りると、右と左に商店街、目の前は熊本城?クレーン車の先っぽが見える・・・その前に、この荷物を持ったままお昼ご飯は、どうもね。困ったときの百貨店。「鶴屋」に飛び込む。熊本の老舗デパートだ。
「コインロッカーなんてないですよね?」「あるんですよ。」にっこり笑って、案内のお姉さんが場所教えてくれた。通りに面して100円のコインロッカーが並ぶのが、とっても親切なような気がする。

右手の「上通」は、あとで行く。左手の「下通」に行ってみる。ダイソーがあった。コード100円と充電器200円を買う。合うかわからないけど、iPhoneにも使えると書いていあるから、たぶん。ひとまずこれで。

上通のアーケードが切れた先、シャワー通りというらしい。3年くらい前に読んだ絲山秋子の小説「離陸」に出てきた。アーケードの屋根が切れているから雨が降ると、濡れる、だからシャワー通り。
その「離陸」は、場面場面がとっても好きだった。ストーリーは、疑問なところもあるけどね。小説の中で、熊本は、どうして出てきたのだっけ?その時から、「シャワー通り」が気になっていた。
きっと、通りって、その名前で呼ばれた時から、それになる。センスある名前が付くと、センスある通りになる。素敵だよね。「シャワー通り」


熊本に行こうと思った理由の一つ、紅蘭亭の「太平燕(ターピーエン)」が、今日のお昼だ。楽しみにしていた。
混み合うというから、昼のピーク時を避けて、もう少し後、と思ったけれど、1時少し前、大丈夫でしょう。待つのは、昨日バス停で散々待ったから慣れた^^;
下通の本店は、改装でお休み。上通店に行く。すぐにわかった。お店の名でわかったのでなく、大きな「太平燕」の旗が目に飛び込んできたから。
一歩入ると、グリーンの椅子とテーブルが置かれたガーデンスペース。リゾート地みたいだ。奥にある店は、やっぱりお客さん、多そう。椅子が並べられ、何人か座って順番を待っている。
紙に名前と人数を書く。よくあるあれだ。「店内」「ガーデン」「どちらでもいい」に丸をするようになっている。私は「どちらでもいい」に丸をした。お店の様子も見たいけど、外のガーデンで食べるのも気持ちよさそうだったもの。
それほど待つこともなく、名前を呼ばれた。

店内に入る。あちらのソファの席にどうぞ。込み合っているからといって詰め込んだりせず、ゆっくり座らせてくれる。黒いチャイナドレスの女性が、ポットに入った烏龍茶を持ってきてくれた。湯呑がほんのり暖かい。
「太平燕」と、食後に「杏仁豆腐」を注文して、店内を見渡す。家族連れ、お年寄り、私のような一人客、友人同士、くつろいだ雰囲気で食事をしている。この雰囲気は、どこが違うんだろ。ファミレスのようにワサワサしてなくて、高級店のように取り澄ましてもない。
メニューからして、ごく普通の中華料理だ。奇をてらったところのない、流行に乗った押し付けがましさもなく、こういう料理で賑わっているって、羨ましいな、と、親戚に飲食店を経営する人が多かった私は感心する。
お客さんの服装が違う。特別なお洒落をしている、という感じではないけれど、普段着でさっと来た、という感じでもないの。
「今日は紅蘭亭でお昼にしましょう」前の席、おじいさんおばあさんを交えた家族連れを見ていたら、そんなふうに出かけて来る場面が浮かんだ。

「太平燕」が運ばれてくる。
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簡単に言うと、タンメンの麺を春雨にした感じ。(今は、塩味でたっぷり野菜の入った「タンメン」て、あまりないよね)

スープを一口飲む。野菜は煮込まれているけど、シャキっとしている。麺は細めの緑豆春雨だ。この緑豆春雨がいいのよね。トロンとした春雨は、私に言わせると「春雨じゃない!」

父が言っていた。スープは一口飲んで「美味しい!」と感じるのはダメなんだ、って。
飲んでいって、飲み終わって、「ああ、美味しかった」というのが良いんだ、って。

確かに、最初と最後では、温度も違う。味が変わってくる。
そこまでわかって、最初の一口で「美味しい!」と言える人は、ほんとに味のわかった人なんだろうけど。

私は、正直、最初、少し物足りないかな、と思った。
定食にして、他の料理も一緒に取っていたら、また違っていただろうけど。春雨そのものには味がないからね。
でも、食べて行くうち、このスープが普通の塩味スープでないことがわかってくる。いろんな味が溶け込んでいる。最後の一口、「あぁ、美味しかったぁ」
食べている時より、後で懐かしくなって、また食べたいと思う味。

食べ終わる頃、「デザートお持ちしてよろしいですか」聞きに来てくれた。

「紅蘭亭」の杏仁豆腐は、どんなのでしょう。
小さな菱形に切って、器に入れ、スープ(シロップ)がかかっている。懐かしく、オーソドックス^^

今は、杏仁豆腐も人気らしく、いろいろなものがある。先日も
「全国杏仁豆腐ベスト10」という特集を新聞で読んだ。でも、私の杏仁豆腐は、容器のままスプーンですくって食べるものでなく、羊羹のように切って食べるものでなく、豪華にいろんなフルーツが乗ったものではない。強いて言うなら、中華バイキングに出てくるようなの・・・でも、あんなに甘ったるくない、固くない。食べたあと、口の中の油が洗い流される感じにさっぱりするんだよ。
私は40年以上前のレシピ(古っ!)で作る。でも、そのレシピは、人に勧めても、「たくさん出来て困っちゃった」と言われても、「美味しかった」と言われたことはないのT_T

「紅蘭亭」のは、汁が少し甘く、寒天はほどよい甘さ。そう、その二つの甘味のちょっとの差が美味しいんだ。
寒天と書いたけど、この歯触りは、普通の寒天ではないね。すこーしモチッとしている。赤いクコの実が少々。
シンプルで上品だった。さすが、でした。ごちそうさま。

「SWISS」で、私用に「リキュールマロン」一つ!と、娘達に「三年坂マドレーヌ」を買うのを楽しみにしていたのだけど、来る時見たら、改装中だったT_T
代わりに、レジで、月餅を、私用に買った。

なぜ、「太平燕」というのか。
答えが、お店を出たところに貼ってあったポスターにあった。

   すべての旅人へ

太平嚥はおだやかな海のような味わい
故郷を離れるひとにツバメのように
_いつかもどってこい_というという気持ちを込めて
ともに食するものだという。
こころのありか、それがふるさと
あなたのもとへ、あの人のところへ
あの場所へいつでもそこにもどれるよう。
家路をたどる細いかすかな糸
その向こうにけして消えないともしびがある
リーチングホーム。

行く機会がありましたら、そのポスター、じっくり眺めて見てください。


教えて頂いた話

|SWISSは熊本のトップ洋菓子店で、画家の葉祥明さんの実家です。
|葉さんの実家はもともと中国から帰化した一族で、現在は葉山姓を名乗っています。
|この葉山一族が紅蘭亭という中華屋さんを営んでいて、名物のタイピーエンはJALの機内食に採用されたりもしています。

|現在のオーナー(葉祥明さんの兄弟)のお父さんがSWISSを創業して、おじいさんが紅蘭亭を創業したと記憶しています。
|現在は一族で地元熊本を活性化させるための取り組みを熱心にされています。

このお話をうかがった時から、紅蘭亭で太平嚥、食べてみたいと思うようになったのです。

葉祥明さん。青い空と白い雲、緑の草原と自転車、というと、あ、あの絵?と思い浮かべる方も多いでしょう。
拓郎と同い年みたいです。そのおじいさんというと・・・
遠く、中国から見知らぬ国に渡り 熊本の地に根付き、地元の名士として活躍されながらも ふと思う 忘れえぬ祖国。
震災でふるさとに帰れない人も ツバメに託す思い

嚥は、口偏に燕で、飲み込む、という動詞だよ、と突っ込まないでT_T

福岡と熊本に行く

半年以上も前から、今は九州に住む娘に、11月の留守番を頼まれていた。なんてない、夫婦でコンサートに行くから、子供たちをお願い、というだけの話。
お安い御用。今回は、ついでにちょっと、足を伸ばしてみようかな。息子にもらった旅行券の余りが少しある、それで温泉にでも泊まろう・・・

この話を、町内会の集まりで口にしたら、予想外の反応が返ってきた。そんなことで親を呼ぶの?そういう時の交通費は出してもらえるの?・・・しまった!私は、あの中では、普通じゃいないこと忘れてた!T_T

私には夫と二人で行く拓郎のコンサートが、何よりの楽しみだった。その時だけは、昔の二人に戻れる。好きだった頃の二人がいる。
拓郎に会えるのがうれしいのか、久しぶりの二人の時がうれしいのか・・・
だから、娘が二人でコンサートに行くというと、応援したくなる。

知っている人、頼れる人のいない土地に来て、3人の子供を育て、家事をする大変さ、私なりにわかっているつもりだもの。たまには、留守の心配なく、安心して出かけたいよね。
それに・・・私を呼んだのは、たぶん、娘の優しさ。「来て」と頼まれれば、大手を振って出てこられる。孫に会える。呼ぶのも親切、そう思ってくれたのでしょう。
ついでに、ちょっと旅行しようと思って・・・「あら!いいね」 当然、娘はそう言ってくれる。一泊の予定が二泊になろうと、「こっちは間に合えばいいから、ゆっくりしてきて」
というわけで、「熊本にも行きます旅行」です。

  ****************

以前、知人から阿蘇の牧場の牛乳や、ヨーグルト、アイスクリームを頂いたことがある。写真で見た、あの広い広い阿蘇の高原が浮かぶ。そういう写真では、必ず、放牧された牛や馬がいるんだよね。
美味しいのは勿論だけど、その土地に思いが飛ぶ新鮮な味わいって、何なのだろう・・・。いつか、ソフトクリームを食べに行こう。のんびりと緑の牧草地で、青い空を眺めながら、格別だというソフトクリーム食べるんだ。
牧場の名前のついた牛乳瓶を洗って、カルトナージュで使う筆や刷毛差しにした・・・

思いがけず、娘一家が転勤で九州に住む事になる。
あの家は、転勤先を楽しむ一家なので、さっそく黒川温泉に行ったり、電車好きの3才の男の子を汽車に乗せに行ったり。熊本までは近いのだそう。
熊本行きが現実味を帯びてきた。春休みと夏休み、娘達が帰省する合間の、気候が良い頃・・・飛行機、宿泊、行きたい場所のピックアップ。
詳しい友人にいろいろ教えてもらう。熊本って、案外深いんだ・・・どうやって、どこから行こう。
計画するのは楽しいね。若い時、私は旅行嫌いで通っていたのにな。
そろそろ具体的に、と思い始めた頃、あの地震が起こった。

その時の衝撃をどう表現したらいいのだろう。
お城が壊れる。デパートの壁が崩れる。阿蘇の馬や牛は、行きたかった牧場は、行くつもりにしていた白川水源は・・・
熊本を愛している人の、愛する熊本の光景が崩れる・・・
私には、大変ですね、とか、一日も早い復興を、なんて言えなかった。義援金を、熊本の物産を買って応援しよう・・そういうこともしなかった。

夫は「いわき」の出身だ。
私にとって、あの震災は大きな出来事でなく、目の前の片付けなければならない一つの「点」だった。
自分勝手かも知れない。亡くなった人、身内を亡くした人、行方不明の人々、大変な被害に遭っている人もいるというのに、私は、目の前の「点」に疲れ、イライラした。夫、義妹、しばらく家で預かることになった義母・・・私には、それが、あの震災の全てだ。
了見狭いよね。優しくないよね。災害は、その人自身のものだなんて、冷たいね、私。
でも、例えば、誰が、今もあの茨城の水害を覚えているでしょう。3年前の広島の土砂災害を忘れないでいるでしょう。自分のこととして引き受け続けられる人は、滅多にいない。

熊本の時も、私は黙った。何もしないのに、「お見舞い申し上げます」なんて書けるわけないじゃん。
ひとまず、旅行の計画は消した。
行くなら、震災関係なく行こうと思った。災害地にお金を落としに行こう?落とす、って何よ。復興割り、復興の一助になるる、そいうのは、私に合わない。

今回、孫の子守に便乗して熊本に行く。


温泉はどこに泊まろう・・・
あちこち探して見たけれど、有名な温泉どころは、この時期、一人宿泊は難しい。
そりゃ、予算がたっぷりあれば、どこだって泊まれるけれど、こちらにも都合というものがある^^;
それに、車の運転をしない私には、行ける場所も限られてくる。行けるとしても、どうやって戻ればいいのか、お手あげの場所もある。

阿蘇にしようか、天草にしようか・・・。初めての熊本なら、まず、阿蘇でしょう。
空き瓶を「筆立て」にしていた、あの牛乳の牧場には行けそうもないけれど。
空港からバスで行ける温泉を選び、まずは予約。飛行機のチケットも早くになるべく安く。ネットで「車がなくても行ける阿蘇」というのを読んで、大雑把な予定を立てる。
あっちもこっちもとは考えない。ただ、温泉につかり、部屋で本でも読んで、飽きたら、また温泉に入り、夕食も、外に美味しい店があったとして、歩いていけるかどうかもわからない。一人で夕方外に出て、迷子にでもなったら目も当てられない。普通の旅館の夕飯でいい。ポツポツ食べて、また温泉・・・そんな時間の過ごし方もいいでしょう?年なのでしょうか。ぼーっと温泉にでも入りに行きたい、なんて思うようになったのは。

あちこち観光は欲張らない。一箇所だけ、阿蘇を感じられるところに行ければいい。バスの運行が始まっている「草千里ヶ浜」に決めた。
この前、テレビで石川さゆりさんが、草千里で歌っていたんだ。どこまでも広い草原。池というのか水溜まりというのか、水がキラキラ光っていた。今回の地震で、阿蘇は大変な被害を受けたというけれど、こんなところまで行けるようになっている。
綺麗なだなぁ・・・歌を聴くどころでなく、ずっと景色に見とれていた。・・・動機が単純T_T

次の日、熊本市内へ行くには、やっぱ限られた本数のバスに頼るしかない。ネットであちこち見ていると、うっかり古い資料なのに気がつかなくて、鉄道があると勘違いしてしまうんだよね。
なんだ、阿蘇駅から熊本駅まで豊肥本線の乗れば近いじゃん・・・そう思い込み、いざ調べてみると、豊肥本線は未だ全面復旧の目処は立っていない。昨年の地震の被害は甚大だった。不通区間はバスが代行運転してるけれど、運行時刻を見ても、あくまで生活の足。観光に使えるものではない。地震から一年半というのが、どういうことなのか、調べるたびに、自分の甘さを思い知らされる。

阿蘇のミルクを送ってくださった方に、メールを書いてみる。
「11月初めの阿蘇は、寒いですか?」

その方は、九州の人ではないのに、なぜか熊本大好きで、とっても詳しい。
「寒いですか?」と聞いたとき、私は、それ以上のことを期待していたのかも^^;
お返事を下さり、行程表まで作っ下さった。お勧めの場所や、アドバイスまで添えて。
なるほど、なるほど、こんなふうに行けば、「熊本旅行」になるんだ。
ただ行けばいいや、と思っていたけれど、もう一度調べ直し、組み直す。
市内には泊まらず、夕飯にちょっと飲んだら、遅くなってもその日のうちに娘の所に行こうと思っていた。
そっか、もう一泊すれば、市内の観光だけでなく、阿蘇の滞在も充実したものになるんだ。


うーっ、空港から各方面に行くバスの時刻表が10/1から変更になる。最初調べた時には、飛行機が到着して、15分くらい後に阿蘇方面行のバスがある、しめしめ、と思っていたのになぁ。
何も到着予定の4分前にバスが出なくったって・・・。そりゃ、JALもANAもある。到着も出発もある。私のためのバスではないのだけど。変更の出来ない航空券だし。
仕方ない。空港で一時間過ごすのも悪くないかも。ただ、それだと、予定していた草千里に行くバスに間に合わず、阿蘇駅で、また一時間以上待たなきゃならない。タクシーの利用は考えない。
もともと、車の運転をしない私の阿蘇観光だもの、今はまだバスの本数も少ないのを承知で「行こう」と決めたこと。
ただ、晴れますように。

10月に入ってから、天候不順もいいところ。かつての体育の日、10月10日は、晴れの特異日で、だから東京オリンピックの開催日に決まった、と聞いていたのが、嘘のよう。雨が降り続き、寒くて、薄いダウンまで引っ張り出したかと思うと、Tシャツ一枚で過ごせる陽気になったり。
梅雨とは違う冷たい雨の日が続くと、気持ちまで暗くなる。憂鬱になってくる。お天気の性格形成に与える影響なんて研究もありそうだけど、なんて馬鹿なことを考えながら過ごしていた。
これだけ降り続いたのだから、私が行く頃には晴れるでしょ、という期待も。そう、11月3日も晴れの特異日だった。娘の所に行く3日はどっちっでもいいのだけど^^; 
肝心なのは、1日と2日。観光地の10日間予想、というサイトを毎日見ていた。時間毎の気温、降水確率がわかる。今は便利だね。


【11/1】 快晴だ!
飛行機、私はいつも左の窓際を取る。空キラキラ。眼下に、山並みも町並みもくっきりと広がり、あれは何の川だろう、あの山は?富士山見えるかな、と思っているうち、山なみが途切れ、大きな街になる。機長のアナウンス「只今名古屋上空・・」なんだ、もう名古屋なんだ。
高度の関係もあるのでしょうか。黒、茶色、ベージュ、パッチワークのような田んぼまで、しっかりわかります。海に島々が浮かんでいるのは、もう九州?どこだろう。長崎のような気もするけれど、飛行機がどこから入ってゆくのか・・・知識のない私がいけないのだけれど、現在地やあたりの地図が、ぱっと解説付きの映像でわかるようなサービスがあったらいいのにな。音楽やテレビばかりでないよ、機内で楽しみたい物。
今時、空からの眺めに見入るおばさんも、珍しいのかもしれないけどね。夫は、席は通路側を取っていた。人が前を通ることもなく、降りる時はさっと出られるから。
普通の移動手段、サラリーマンなら九州など日帰りコースだものね。

阿蘇くまもと空港、定時に到着する。
もしや、バスが遅れて・・・ひとまずバス停まで行ってみたけど、そんな都合のいいことは起きなかったでしたT_T

デッキで飛行機を眺める。ぽかぽかと暖かい。子供連れのお父さん。車椅子に(たぶん)お母さんを乗せた女性。穏やかな光景が広がっていた。
売店でお土産見て、冷やかしに試食して、コーヒーショップで簡単なお昼。なんだかんだで、もうすぐ時間。早めにバス停のベンチに座る。
静かだなぁ・・・空広いなぁ・・・あったかいなぁ・・・座っているだけで、私は旅行に来たのだと、楽しく幸せな気持ちになる。

朝は4時半起きだったし、飛行機の中では外を眺めるのに夢中だった。バスの中で少し寝ようと思ったけれど、周りの景色がどんなものだか気になって眠れない。
紅葉のシーズンだけれど、紅葉するような木は、あまりない。高い高い常緑樹の間をバスは走る。どこかで山に生える木のことを読んだっけ・・・忘れましたT_T
特別に変わった景色があるというのでない。だけども、ここが熊本・阿蘇なんだ。高知や鳥取とも違う。市の中心部に入っていくバスでないから、空港で感じた空気のままだ。赤水という駅を2度通るのは、どうして?ホテルやペンション村にも止まる。カトリード・ミニオン?どこかで聞いたことがあるような。(あとで聞いたら、娘たちは行ったことがあるそうな。「パンくんがいた所だよ」だって)

阿蘇駅に到着したら、赤い電車が止まっていた。
なんだかうれしくなって、写真を撮ろうと近づいたら、先客が数人、カメラやスマホを手にしていた。それを見て、またうれしくなる。何がうれしかったんだか。
阿蘇駅は、木造の、これぞ駅、という感じの駅だ。
まずは、バス停を確かめる。バス案内所&待合室があり、各方面への路線図や時刻表、料金などが貼ってある。職員さんも数人。
これなら間違うことなく乗れそう。ホッとしてベンチに座り、あたりを眺める。牛の像がある小さな公園、噴水が、間欠泉のように吹き出す公園・・・あれ?「道の駅」の看板が見える。道の駅って、高速道路などにあるのじゃなかったっけ?ここじゃ、ほんとの「駅」だもの。

近くまで行ってみたら、ほんとに「道の駅」だった。地元の野菜や特産物が並び、観光客というより地元らしき人で賑わっている。小さく不揃いなトマトの袋詰め、水菜・・・わ!この水菜、茎が紫色だ!買って帰りたかったけど、無理じゃん。
お弁当やおにぎり、お惣菜なども並び、奥の広い座敷では、家族連れ、友達、様々なグループで、今買ったのでしょう。お弁当やおやつを広げている。座敷の向こうには、大きな窓があり、駅のホームが見える。そのまた向こうには、山が見える。空がある。ここでお昼でも良かったな・・・。

外に出ると、ソフトクリーム売り場に人が並んでいた。牛乳そのままの味と、コクのあるものと、ヨーグルト風味のと、それぞれ牧場の名前が書いてある。どれにしますか?少々迷って、牧場名で(気分で)真ん中のを選んだ。
外のテーブルで、ポカポカの日差しの下、食べる大きなソフトクリーム、美味しかった!

駅舎の中に入ってみよう。今は降りる人も乗る人もないひっそりとした駅舎。入っても大丈夫かな・・・そっと戸を開ける。
さっきの赤い電車はどこから来て、どこに行ったのだろう。時刻表のまばらな数字を追う。二つ書いてあるだけの赤い数字は、特急。普通列車は、黒い数字で4つ。一日4本だけなんだ。全て下りのみ。
さっきのは、12:57発の大分方面らしい。あの赤い電車で、旅行気分を味わおうと、ひと駅、ふた駅乗ったみたとして、ここに戻れたのかどうか。

そろそろバス停で待っていよう・・・、と、外人さんがひゅーっと自転車でやって来た。ん?何者?
阿蘇火口線のバスに、その人も乗るらしい。運転手さんに、自転車を積んでくれ、と言っている。自転車ぁ?
バスの乗客は、私とその外人さんだけだ。運転手さんが、カタコトの英語で、どこから来たのか尋ねると、「カナダ」。北海道から新潟、あちこちを旅しているらしい。
えっ!帰りは、あの自転車で下りてくるの?運転手さん、曰く。「漕がなくったって、だーっと下りてこれるさ」

緩やかな登山道。健脚なら、登れてしまうかしら?15キロと、バスのアナウンスが行っていた。

運転手さんは、とても親切で、ちょっとお喋り。私が東京から来たというと、ガイドさんに早変わり^^通る道、見えるもの、一つ一つ説明してくれる。
ススキがきれい!わ!牛がいる、馬がいる!放牧されている!見るもの見るもの、感動している私に笑う。

「あの山も、山肌が割れて、黒くなってるでしょ。あれは、地震で割れたんです。」
工事している。よく見ると、道路に亀裂の跡なのか、黒い線があちこち走っている。黒い土嚢が積まれた場所では、「このあたり並んでいた家は、みんな崩れて、無くなったのよ。」家があったんですか?・・・
「昭和天皇がいらしたとき、案内役の説明に、「あ、そぅ」とお答えになったとか。私は笑うけど、外人さんにはわかったのかどうか^^
私が明日は阿蘇神社に行くというと、「それはいい!」「あの神社は格式高く、その辺の神社と違うのよ。」・・・(説明が始まる)・・・「行ったら、水飲んできなさい」「近くの金物屋に行って、ポリ缶を買い、水を詰めて宅配便で送るといいよ」(いくらの水につくのよ、ね)
「都会の若者が金出して水を買うのがわからない」「うちじゃ、近所の5軒と、ボーリング入れたんだ。もう40年、水道代払ったことないよ。最初は金かかったけどね。おかげで使い放題。冬はあったかく、夏は冷たい。うちじゃ、夏は、水クーラー」
水クーラー?贅沢ですねぇ・・・運転手さん、うれしそう。

30分足らずの道のり。二人であんまり盛り上がるものだから、日本語は少しだけわかるという外人さんは、おいてけぼり。m(_ _)m
帰りのバス停も、あそこだよ、と指差して教えてくれた。バスはこれ一本でしょ。帰りまで30分しかなくて、乗り遅れたらどうしよう。「そしたら、その辺の馬拾って、駆け下りて来ればいいさ。」馬泥棒するの?・・・
到着して、向こうを見渡す。

わーっ。
ほんとに、ほんとに、素晴らしかった。写真を撮ったって、私のスマホには収まりきれない。青々とした草原なら写真映えしたかもしれないけど、今は、枯れて茶色。でも、その茶色が、いろんな茶色でね、チョコレート色だったり、ココア色だったり、プリンみたいに黄色かったり。私には、それがとっても綺麗だった。
山はくっきりと高く、草原は、どこまでも広く、あっちも歩きたい、向こうにも行ってみたい。子供だったら、ワーワー走り回るだろう。バァは、ただ少し歩いては立ち止まり、あたりを眺め、また違う所を歩き始め、立ち止まり、空を見上げ、山を見る・・・来てよかった、ここだけで十分と、満足している。こんなにお天気に恵まれるってこと、あるんだろうか。水がキラキラ光ってる。そっちまで行ってみたいな。時間があるかしら?
一人でウロウロしている私に、二人組のおじさんが、写真撮りましょうか?いえ、景色だけで。私はいいですので。笑って向こうに行った。

バスの出発まで、あとちょっとある。もう一度ソフトクリーム食べちゃおう。阿蘇駅で食べなかった方の牧場のだ。あっちを食べておいて正解でした。
バス停に向かう途中、さっきバスで一緒だった外人さんと出会う。火口西口まで行って、自転車で降りてきたところみたい。見た?草原を指差す。
「今、見るところ。素晴らしいね」 ふ・ふん、褒められてうれしい。私の物じゃないけどさ。

すでにバス停には人が並んでいる。外人さんばかりだ。日本人は、多分、車なのでしょう。お天気は、曇ってきて、ひんやりし始めている。やっぱ山の天気は変わりやすいんだ。
バスが来た。混んでいる。さっきの運転手さんに、そっと頭を下げる。「間に合いましたよ」のつもり。

もっといたかったなぁ。調子に乗って、乗馬にも挑戦してみたかった。(かも)。並んだ馬さん達、コロンとして、とっても乗りやすそうだったもの。
タクシー使えば、早く来られたのに。でも、時間無駄でも、バスで来て良かった。短い時間しかいられなくても、ぎゅーっと詰まった私の草千里。
バスを待つ間に見た阿蘇駅の光景。思ったこと、感じたこと。バスの道中、あんなに楽しい会話ってある?贅沢だった、貸切バスのような、私のための時間。

阿蘇駅から温泉まで、またバスに乗る。ホテルに迎えに来てもらおうかとも思ったけど、バスもいいものだと思ったから。
乗客は、また私一人だ。今度の運転手さんも、いろいろ話をしてくれる。阿蘇火口線も、今は一台のバスで三往復してるけど、もう少しすれば、台数も増えるとのこと。
冬はバスないでしょう、と言ったら、いや、ありますよ。大きい方のバスにチェーン巻いて運行するのだそう。一面真っ白な草千里ヶ浜も綺麗でしょうね。でも、少しでもお天気悪いと視界が遮られ、何も見えなくなる。この前来た外人さん夫婦が、霧で何も見えなかったとぼやいていましたよ。私、運が良かったんですね。遠くまでよく見えましたよ。

「そこで降りるんなら、泊まるのは、あっちか、こっちですね。」あっちです。「向こうに建物見えるでしょう。そこですから」
お礼を言って歩き始める私。と、「お客さん、反対です!」わざわざバスから降りて呼び止め、教えてくれた。あ!信号渡るのか・・・何聞いてんだか、の私T_T
なんて親切なの。二人のバスの運転手さん、ありがとう。これを書きながら、「真夜中のタクシー」を思い浮かべてしまっていたのでした。


ホテルという名の大きな旅館に着いた。
まずは屋上露天風呂。陽の落ちる前に、と思ったけど、こっちは、日の出日の入り、関東に比べて遅いんだよね。
まだ明るい。誰もない。確かに阿蘇五岳は見えるけど、眺めながらのんびりお湯につかる、というわけにはいかない。だって、お風呂に体を沈めると、景色が隠れて、空だけになってしまうんだものT_T 誰もいないのをいいことに、立ったり座ったりていた^^;思ったより、お湯熱くない。
女湯の方に行ってみよう。
入り口で女性が話しかけてくる。エレベータのドアが乗り切る前に閉まって、友達とはぐれてしまったのだそう。向こうのお風呂にいませんでしたか?誰もいなかったですよ。おかしいわねぇ・・
あちこち動き回らず、エレベーターか部屋の前で待っていたほうがいいのに、と思ったけれど、私が言うのも余計なお世話。その女性は服を脱ぎ始め(え?お風呂入っちゃうの?)私に後ろのホックを外してくれという。「いつもは娘にやってもらうんだけど。」

今日は、老人会の集まりで市内から来たのだそう。いいですね、大勢で。私?私は一人。えー!一人?このシャワーのお湯、どうやったら止まるんだろ。自然に止まるみたいですよ。なんだかんだ、喋る。
そういえば、羽田でも、私と同じくらいの年の女性、いつもはだんなさんと一緒なんだけど、今回、同窓会で、初めて一人で帰省する。心細くて。じゃぁ、と一緒に歩き始め、搭乗まで、ずっ並んで座り、いろんな話をしたっけ。
バスの運転手さんも沢山話を聞かせてくれたし。
熊本の人が人懐こいのか、私がおしゃべりを呼ぶのか。

お湯、熱いですね。いいお湯・・・
お湯を見に来たホテルの女性は、41度、と言った。締め切っていると、湯気もいっぱいで室温高くなり、お湯も熱く感じ、露天風呂では、お湯も風で冷やされるのか、少しぬるく感じるのだそう。「同じ41度なんですけどね。」
逆だと思っていた。家では、冷えた体でお湯に入ると、熱いもの。
もうあがろうか、という頃、あー、○○さん!はぐれたと言っていた友達が来た。「勝手に先にお風呂に入って!」私だったら怒るところを、ニコニコと「いて良かったわぁ」。やっぱり熊本の人はいい人だ^^
私は、もう一度さっきの露天風呂に入ってこよ。空がうっすら赤い。「落陽」というわけには行かなかったな・・・
もう夕飯だ。広い食堂で、一人ぽそぽそ食べていると、なんだか、侘しくなってくる。
周りは、みんな二人連れ。さっきのおばさんたちは、団体なので部屋が別だ。あの「後ろのホック外して」と、見知らぬ私に頼んできたおばさんが、なんか恋しくなる。隣のテーブルにいたら、どうぞどうぞと、ビールなど勧めてくれちゃったりして。
一人でボーっとするのがいい、と決めた旅行だけれど・・・ビール、頼んじゃおう。

売店を覗く。買いたいものはない。ビジネスホテルのように、缶チューハイを自動販売機で売っているわけもなく。仕方ないので、明日の湧水のために、お茶を買った。ペットボトルがもう一つ欲しいから。
部屋に戻る。なんだか肌がスベスベするみたい^^ あ、ここには、もう一つ、大浴場というのがあったんだ。お風呂行ってこよう。
大浴場は、さすが大浴場。人も案外多い。ふと見ると、ガラス戸の向こうにもお風呂があるみたい。出てみると、露天風呂だぁ。風冷たい。お湯、気持ちいーい。
先客に、若い女性が一人。お邪魔しちゃったかな。
「月、綺麗ですね」「あ、ほんと!」いかにもの温泉会話。「でも、星見えないんですよ」・・・今時の女性って、こんなふうに絵に描いたような(?)会話するんだろうか。温泉宿だからねぇ・・・
岩に触ってみる。綺麗に洗ってあるような岩。苔むしたり、汚れた感じがない。あれは、どこの温泉だったろう。手を置いたら、ツルンと滑ってしまうようだったのは。
やっぱり外のお湯はぬるいのか、もう一度大浴場に入ろう。

ふーふー、湯あたりしちゃったかしら?母だったら、極楽、極楽、と言ったかしら?
部屋で、何をするということもない。ノートパソコンどころか、ipadも持ってこなかった。携帯(スマホ)は、私には、外の物だ。部屋から持ち出す必要のないものもある。PCでは書けても。携帯では書けないメールというのもある。
いろいろ教えて下さった「熊本好き」の方に、今日の報告をしようと思ったけれど、携帯だと、何か「割り込む」ような感じがして気が引ける。第一、報告しないと失礼なのか、いちいち報告したらうるさいのか、わからない。見えない人との付き合いは難しいね。

本を読み始めたら、眠ってしまった・・・ふと目が覚めて、テレビをつけたら、日本の有名人100というのをやっていた。安倍総理よりタレントさんの方が上なんだ。全ての年代で点を取らないと、上の順位には行けない。
どうせ、拓郎など候補にもあがってないんでしょ。一位は「タモリ」さん。
空調で暖かいのに、クシュン!クシャミが出る。乾燥するのか、喉がいがらっぽい。明日の朝風呂はやめたほうがいいかなぁ・・・持参の風邪クスリを飲んで寝ることにする。


ここまで書いて。
私、何回「ベンチに座る」と書いたんだろう。ほんとに、座ってばかりだったんだもの。
載せるような写真がない・・・草千里で「おじさん二人組」に撮って貰えばよかったかな。そしたら、あたりの景色が綺麗に入ったかもしれないもの。私にはモザイクかけて。

沢田研二50周年記念LIVE

行ってきました!沢田研二50周年記念コンサート。

新しい友人の一人がジュリーファンなのです。
コンサートの話などを聞くにつれ、あぁ、いいなぁ・・・自分の拓郎のことを思って、「わかる、わかる」・・・ずっと好きな歌、好きな人の歌を聴き続けていられることの幸せを、一緒に感じていました。
なにせ、拓郎が、ほんとはジュリーになりたかったという、あのジュリーですよ。「YOKOSO」一回目のゲストに指名した沢田研二さん。先日のラジオでも、CMに提供した「いま、このときめきを」をきかせてもらいましたね^^
そのジュリーが50曲歌うという50周年記念LIVEが、市民ホールに来る!自転車で行ける!
チケット獲得に走らないわけ行かないじゃないですか。

2枚無事ゲットしたものの、そのジュリーファンは、すでに数箇所確保済みとのこと。う~ん・・・拓郎ファンにも希望者見つかるかもしれない。一言伝言で呼びかけようかとも思ったけれど、この際、別口の新しい友人仲間に声をかけてみようかなぁ。
地元でやるのだから地元の友人もいいかも。サッと手が上がり、あげそこねたと残念がる人までいた。さすがジュリー。速攻で決まった。

一緒に行くことになった人は、昔、ジュリーを聴いていたというわけではない。「だって、そういうのも楽しそうじゃない?」
何か違う場所に身を置いてみたい・・わかるような気がする。でも、大丈夫かな?若い時からあまり流行りの歌には縁がなかったような、今年古稀を迎えるという人、楽しくなかったららどうしよう・・・。楽しくなかったら、なんて、お節介か。自分で行きたくて行くのだものね。


定員862名の小さな市民ホールです。
開演前にデパートのレストランで一緒に食事をして、グラスビールを一杯ずつ。「飲もうよ」というのは私が言った^^; 6時30分開演に、6時過ぎ、そろそろ行こうか・・・拓郎のではないから呑気なものです。
ホールに着くと女性でいっぱい。なに?この長い行列は?・・トイレだったT_T

初めに、スクリーンに子供の頃のジュリーが映ります。わ、さすが、可愛い!タイガースの頃、白いスーツで、コロコロ笑うジュリー、素敵なカッコイイジュリーが次々と。ファンがにはたまらないだろうな。ファンじゃなくても、うれしいわ。
一緒に行った人は、「やっぱ、キムタクに似てる!」と言います。だんだん、少しずつふっくらして来るジュリー。
と、ステージが始まり、キラキラ刺繍をほどこした緑のジャケットを着た沢田さん登場。

「大入り袋」が出たのだそうです。ありがとうございます。」
高校野球の話してました。花咲徳栄が勝ったのが悔しいらしい。昔の広陵高校の話もする。野球詳しいんですね。ここは関東だからと、変に気を使わず、好きなチームの話をするとことが、拓郎に似ている(なんでも拓郎と比べるな、との声が聞こえそうT_T)


一曲目からみんな立つ。私も!
聞き覚えのある歌・・・調べたら「あなたに今夜はワインをふりかけ」。ワー!声、同じ!
2曲目に「君だけに愛を」が始まったら、もう、不思議なことに、緑のカーネルサンダー(失礼)どころか、若い頃の顔が重なって、紛れもなくジュリーなのです。さっき見た映像の、すらりとカッコイイジュリーが立っている。艶のある、甘い声。

「僕のマリー」、「青い鳥」・・・と聴いてたら、なぜか涙が出てきてしまった。懐かしいというより、なんだろう・・・この年になって聴くジュリーの素敵さ。歌、同じよね。
知っている歌も、知らない歌も・・・私、こんなにジュリーの歌、知っていたっけ?みんな聞いて知っている歌のように感じてしまう。

どんどんどんどん歌います。声がすごく出るのです。普段から、余程鍛錬しているのでしょう。
一曲歌うと、「ありがと。サンキュー。ありがとおーね。」関西のおじさんぽいイントネーション。毎回、それだけ。
歌って、「ありがとおね」。また歌って「ありがとおね」。私には、それが可笑しくて、クスッとするけど、誰も笑わない。

「追憶」を歌う。(安井かずみさん作詞だったのですね)
「サムライ」を歌う。

曲名がすぐに出てこない歌は、新曲なのか。(私が知っていた沢田研二以降の歌、という意味です)
わからないので、書けませんm(_ _)m だから、書くのは昔の歌ばかりになってしまうけど。
誰もが知っているだろう歌は半分、25曲くらいと言ってました。不完全な感想です。

「コバルトの季節の中で」「君をのせて」・・・なんて素敵なんでしょう。あぁ、ジュリーだ・・・「コバルトの季節の中で」、好きだなぁ。

「にくみきれないろくでなし」「時の過ぎ行くままに」「勝手にしやがれ」・・・阿久悠作詞が続きます。
聴きながら思いました。なんて、阿久さんの詩が似合う男になったんだろう、って。若い時も素敵だったけど、来年古希を迎えるという今歌うのは、更に深味が増したよう。色褪せない歌詞というのは、あるよね。
阿久さんが生きていらしたら、そうなんだよ、この詩は、って喜んだかな。


「ここまで24曲歌いました」と言いました?25曲でした?記憶、あやふやで、ごめんなさい。
とにかく、ここまで、ひたすら歌い続けています。あの艷やかな声で。息切れなんてしない。すごいパワーです。
勿論、フルコーラスではありません。後で、「一番だけ。時々2番も入っていた」と言ってました。

最初、50曲と聞いたとき、さすがに全曲フルではないでしょう、と思ってはいたけれど。ところどころ「さわり」だけ繋げたようなメドレーになるのかな、と。
どの歌も公平に一番だけ。こういう歌い方もあるのですね。聴き応えありました。
(拓郎も、LOVE2の頃のような細切れメドレーなんかじゃなく、沢山歌うのなら、せめて、こんなふうに歌って欲しい。)


やっとMCです。
50年、山あり谷あり、崖あり。幸せなことに大事件には出会わなかった。ハイジャックとか飛行機が出ないとか・・・あ、この間の松山千春さんのことだ!
自分は、あんなふうに出ていけない。だいたい歌える歌がない。
♪あなたはすっかり疲れてしまい・・・これじゃ困るでしょ。
♪落ちてゆくのもしあわせだよと・・・困るよね

会場大爆笑。
「だいたい千春は(わ!拓郎も「千春」と言う。同じだ!)坊主頭に太い金の指輪やネックレス、あの風貌で、ああいう歌を歌うんだから・・・。
昔、お芝居で丸坊主にしなくてはならないことがあって、鏡見るたびに「千春だ!」と思って嫌だった。」
「ああいうのって、必ず誰かが撮って、SMSで広まるでしょ」「だいたい、SMSってなんなんだ。気に入らない」

話が止まらない。面白い。話し声は、少しかすれていた。


「25曲目の歌です」と言って「ラブ・ラブ・ラブ」を歌ったのかな?
上着を脱いだ。白いシャツ。「抱きしめたい」も歌った。
白いシャツの袖をまくった。「TOKIO」と「危険な二人」の時は、ネクタイも外してたっけ?次は何を脱ぐのかと思っちゃった^^;
「危険な二人」盛り上がったよね。思わず、帽子を投げる仕草をしてしまう。

このあとは、わりと新しい歌が続いたのだと思います。
どこでだったか、東北大震災のことが入った歌があって、歌い手として、向き合う姿勢に感心した。


40曲歌ってMC。

タイガース解散の裏事情、PYG結成の話。こんなことまで話していいの?というようなことまで。今はもう、みんな知ってるか。こういう話に、沢田研二の骨っぽさが出ます。
PYGで、大野克夫、井上堯之のお二人と出会ったことの素晴らしさも語っていた。そこで歌手として変わった、って。
「時の過ぎ行くままに」で紅白に出場することになったとき、井上堯之バンドの音でなければと、こだわった。それまで紅白はフルバンドで歌うのが当たり前だった。
(ジュリーも先駆者だったんだ。拓郎が紅白に出場したとき、バンドにこだわったけど、そのずっと前に、ジュリーが、きっかけを作っていた)

前のMCだったかもしれないけど、上京してすぐ、タイガースで売れて、ソロで売れて、またソロで売れて、また売れて・・・だんだん売れなくなって、たまにテレビに出ても、「話題曲コーナー」なんかで、つまらなくて出なくなって、
還暦で80曲やった頃から、なぜか、また少しずつ人気が出てきて、今、こうして満員の会場で歌えてる。
でも、自慢なのは、ヒット曲が出たからでも、本を書いたからでもなく、ただ、歌ってきて、歌でまた売れた、ということです、と言っていた。

50年、ずっと順調だったワケじゃないと言っていたけれど、その間、たゆまぬ努力を続けて来たのでしょう。キーがどうとか音楽的なことはわからないけれど、同じ声、すごいと思う。
ステージ、最初走ったとき、どうせ市民ホールは狭いし、なんて思ったけど、とんでもない!踊ったり、ジャンプしたり、声も体も鍛えているのがよくわかる。売れる売れないでなく、ずっと沢田研二として、大事なものを守り続けてきた。

ジュリーって男っぽいんだよね。ヤワなアイドルじゃない。
2回目のMCの時だったか、会場のどこからか「頑張って」の声が飛んだ。
そしたら、「頑張ってないみたいじゃないか」って。怒りはしなかったけど、笑いに紛らすような口調ではなかった。
最近の拓郎は、柔らかく「いなす」。


さて、残すとことあと10曲。数えながら聴いてました。
「シーサイド・バウンド」以外は、私の知らない歌ばかりだったのかな。
それが、また、これまで以上の盛り上がり。ラスト前の曲なんか、始まる前から熱かったので、知ってる歌かと構えたけど、知らなかったT_T
待ったましたとばかりの熱狂。

ファンはすごいね。会場では、どんなフリでも、みんなポーズして、踊って。この小さなホールは古いので、ちょっと跳ねると床が揺れるのです。安普請め!と思いながら、私は私のペースで、立っているのに疲れたら座って、一緒に手拍子したり、じーっと聞き惚れたり。
沢田研二さんには、こういうファンがずっといてくれたんだ。50年歌い続けることの素晴らしさテレビでしか知らなかったジュリー。LIVEはいいものですね。

拓郎は、あと何年で50周年なんだろう。拓郎の方が年上なのに、沢田さんの方が先輩なんですね。拓郎は、きっと50周年も歌える。そして、沢田さんは、拓郎の年まで間違いなく、拓郎の年を越えても、こんなふうに歌う。
「YOKOSO」、拓郎は話を引き出そうと、自分のことばかり喋って、ああいうことが苦手そうな沢田さんは言葉少なめで、対談成功という感じはしなかったけど、今思い出すと、味があった。録画、保存してあったっけ?探してみよう。


「50曲目です」と歌ったのは、静かな、しみじみ聴く歌でした。

さぁ、アンコール、と思いきや、みんな手拍子しない。ん?どうして?
座っていたら、スクリーンに、何年頃のジュリーでしょう。少し太めで可愛らしい。「渚のフリフリ」?加瀬邦彦さん?
みんな、これがあるの、わかっていたんですね。だからコールしなかったんだ。

映像が終わって、ステージにジュリー登場。皆さん、すっと立ち上がります。挨拶です。

歌い続けていきたい。足腰が弱っても、座っても歌える。怖いのは耳が聴こえなくなること。
時代を先取りしたり、時代に合わせるのでなく、好きな歌を好きに作って、ヒットしたらいい。

51曲目。「いくつかの場面」(これも調べました)
ほんとに、いつかまた、みんながいてくれたらいいね。
もう会えない人、会わない人。
会いたくても、もう会えない人もいるのだから、会えるのに「会わない」などと言わず・・・、素直にそんな気持ちになれたらいいのだけど。

歌い終わって、ジュリーは、上着を脱ぎ、きちんとたたんで腕にかけ、深々とお辞儀をしました。
バンドの皆さんも、丁寧に頭を下げます。
何度もお辞儀をし、最後にもう一度メンバー紹介をし、自分を「ジュリーです!」だって。
わ!沢田研二です!とは紹介しなかった^^
静かに、50周年、50曲+1が終わりました。懐かしい歌に戻りはしない終わり方。


思ったこと。
「ジュリー」というと、まず返ってくるのは「太ったよね」。私も、そういう反応していたかもしれない。
だけど、違う。大事なものを見よう。
真っ直ぐに見つめよう。聴こう。
「食べられるんだからしょうがない」、そう言っていた・・・


帰り、友人に付き合って、駅まで歩いた。
「どうだった?」
「よかったぁ。夢のような時間だった。この年になったから、わかるのよ」
そうよね。もし、10年前、20年前にジュリーライブを観たら、こんなに感動したどうか。この年になって、初めてジュリーのLIVEに出会えた幸せ。
そして、ジュリーファンの手芸仲間(?)、一緒に行った体操仲間、この年になって新しい友達ができるって、うれしいことですよね。ん?私って、もしかしたらジュリーと同い年かも?


それにしても、ジュリーはやっぱりスターだ!今朝は、ずっと♪僕が マリーとあったのは・・・甘い歌声がぐるぐる。
ほんと、声、変わらないんだから。素敵よ、みんな聞いてごらん。

京都に行った(3)

前日、たっぷり昼寝をしてしまったものだから、どうにも眠れなくて困りました。
膝も痛いので、11時の待ち合わせまで、のんびり休んでいようと思ったけれど、このままホテルにいてもねぇ。短時間で行って帰ってこられるところ・・・三十三間堂も考えたけれど、京都駅から一駅の東福寺にしよう。ここなら間違いなく帰ってこられる。
京都で紅葉というと、真っ先に名前の挙がるお寺だ。秋、あまりに人出が多く、写真撮影が危ないので、通天橋などでは撮影禁止とニュースになっていた。きっと新緑も綺麗なことでしょう。
一旦荷物に入れた「杖」を取り出す。

この二日で、京都の電車は、多少覚えたぞっ。奈良線に乗る。編成も短いので、結構ギュウギュウ。リュックを背負っている人が多くて、皆観光客かと、電車を降りたあと、ついていったら、若い女性達は、登校する看護学校の生徒さんなのでした。慌てて引き返す・・・これだからT_T

大きなお寺・・・どこにどう行ったらいいのやら。本堂はどれだろう。これかと覗いてみても、中は見えない^^;いつも公開しているわけじゃないのね。通天橋で受け取ったチラシを見たら、涅槃会特別公開 3月14、15、16と書いてある。私はこういう日を外すから人出多くないんだ。
それでも人気の通天橋は人がいっぱい。撮影は諦めて、お庭の写真でも。

紅葉の頃は、綺麗でしょうねぇ。
ファイル 48-1.jpg

この葉の先についているプロペラみたいのは、みたいのはなんだろう。あっちの木も、こっちの木も。淡いピンクで、先のほうが少し濃い。可愛らしくて、思わず写真を撮った。
調べたら、花のあと。真ん中に実がついているらしい。見つけて、なんだかうれしい。
ファイル 48-2.jpg


さて、待ち合わせです。私が京都に行くと知ったら、お昼に誘って下さった。そのために出てきて下さる。感謝。
指定の場所は、新幹線八条口。少し京都の駅がわかってくると、さすがの待ち合わせ場所だと感心する。わかりやすくて、案外人が少ない。地下鉄などにも乗りやすい。

ランチ。本当に、本当に、私などには行かれないお店。高価というより、それ以上に心豊かにお料理を味わえるお店。働くお店の方たちも、とても気持ちいい。
その美味しさは、思い出に残ります。

食事のあと、大田神社でカキツバタを見る。
満開というわけではないけれど、そのお店のご主人がいうには、咲き揃う前がいい。全部開くと、前の花の萎れたのも見ることになるから。
確かに、散らない花というのは、咲き終わったあと、少々無残な姿を晒す。物足りないくらいが美しいのかもしれない。

ファイル 48-3.jpg

その後、上賀茂神社まで歩いて、参拝をする。「とても好きなの、ここ」と友だちが言う。
タクシーで、半木の道(なからぎのみち)を駆け抜ける。通る、というより、駆け抜ける、という感じだったのです。
桜の頃を見てみたいと思う。綺麗だろうな。

下鴨神社近くのパン屋さんで、予約しておいて下さった食パンを買う。友だちと一緒にパンを買う、って、なんか、素敵よね。いっそう親しくなった気がする。
下鴨神社をお参りする時間はなく、友だちゆかりのお店でコーヒーを飲む。
低めのソファに腰掛けて、お庭を眺めながら、たくさん、お互いの思い出話をする。そう、思い出話は別々なのです。一緒の思い出と言ったら、拓ちゃんしか^^
彼女はその日、お着物だったのですよ。通りすがりの人の声をかけられるくらい美しい、でも、さりげない帯と着物。着慣れていらっしゃるのでしょう。しっくりと馴染んでいらした。
コーヒー美味しかった!
今日が一番京都らしい時間を過ごしたような気がする。それは、もちろん「友だち」の案内のお陰なのだけど。


帰りの新幹線で、やっと拓郎のラジオを聴く。
頑張りすぎないでね、拓ちゃん。もっと手抜いていいよ・・・。私には「トリソツ」が拓郎の選曲だとは思えない。

駅からの帰り道。荷物が重い、お酒なんか買うから。足が痛い、無理するからT_T
ようやく家について、パンを小分けにして冷凍庫に入れる。(まず、それか!)
両膝がパンパンに赤く腫れている。触ると、熱を持っている。この前医者でもらった湿布貼っておこう。
明日の麻雀会、なんで欠席にしとかなかったんだろう・・・

翌朝起きると、膝は大丈夫みたい。回復早いのね、ふんふん。
また行きたいなぁ、京都。

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