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From T 投稿者:Ryan 投稿日時:2018/08/30(Thu) 20:42 No.14  
アルバムは前日のお昼頃届いた。
いつもなら、ジャケットを裏表じっくり眺め、曲目を見て、歌詞ーカードを見て、
特に今回は、拓郎がライナーノーツを書いているのだし・・
最近は、まず、iTunesに曲を取り込むんでいたのかもしれない。
けど、なんだかそういう「作業」をする気にならず、ただ聴き始める。

いきなり流れる拓郎の声。
ワッと涙がこぼれそうになる。そう、私、拓郎の歌を聴きたかったんだ。
ラジオのお喋りやCMに挟まれた歌でなく・・なんにもないところに流れる拓郎の歌を。
拓郎の声は、なんて明るいんだろう。
ついの曲も、その次の曲も。
夫が生きていたら、72歳にもなるのに、こんなにのびのびと明るい声で歌う拓郎を、一緒に聴けたのにね。
馬鹿だね、死んでしまって。

あ、この歌。大好きな歌。コンサートでは定番で、なんだかな、と思っていた歌。
どの歌もどんどん聴ける。
あっという間に一枚目が終わって2枚目もあっという間に聴き終わる。
それだけ夢中になれるというのか、あっけないというのか。
刺さらないのかもしれないし、素敵なのかもしれないし。
ソニー時代の歌も、フォーライフも、みんな最近の歌に聴こえる。
拓郎に見えない明るいジャケットのイラストも、シンプルなディスク盤のデザインも、納得なんです。
「From T」なんだよね。吉田拓郎から、じゃないんだよね。

次の日も、ただ聴いた。
歌詞を読み、ライナノーツを読み、一曲ずつ大事に噛み締めて・・・なぜ、そうしないんだろう。
3枚目のデモテープこそ、Tからの贈り物なんだろうに、まだ聴いていない。まだあまり聴きたくない。


「拓郎のことノォト」に、私、書けるかな・・・
深夜の病室で 投稿者:Ryan 投稿日時:2018/04/23(Mon) 21:49 No.13  
LIVE2016を聴いていた。
あ、一曲目は「春だったね」だったんだ。なんて素敵な声なんだろう。次の「やせっぽちのブルース」では、これを聴けただけでも十分と、喜んだっけ。拓郎、とってもとってもカッコ良かったんだもの。
ほんの2年足らず前のことなのに、私はすっかり忘れてる。
どんなアレンジでも、どのバージョンでも好き!と常日頃私が言っている「マーク2」、これは「みんな大好き」だよね。突然亡くなられた中川さんを偲んでいるのだと、私は思ったのだっけ。第1部終わり!の締めのような「落陽」。
「落陽」の後の始まりは、あの「アゲイン」なんだよ‥

静まり返った暗い病室で、直に頭の中に注ぎ込まれるようなライブの音。
あの歌もこの歌も。なんて豊かな選曲なんだろう。拓郎がどれほどの熱意と愛情を持って曲を選び、構成し、リハーサルを重ねて行ったのか。
拓郎は、とっても丁寧に歌っている。

そう、初日市川で、拓郎は、間違え、つかえ、バンドと合わなかったり、どうしちゃったんだろうと思う場面もあって、私は心配で心配で、倒れやしないか、最後まで務まるんだろうかと、目の前の拓郎に夢中になりながらも、胸を痛めていたんだ。もういいのに、拓郎、休んで!と心の中で叫びながらも、最後まで見たい!やめないで!勝手なことを望んでいた。
拓郎は、最後までやってのけた。すっくりと立ち、振り絞り、やってのけた。素敵だった。
帰り、みんなで、よかったねー、と乾杯しながら、私は凄いものを見た感動と、この先どうなるんだろという不安と心配で震えていたんだよ。

次のフォーラム。吉田拓郎という人は、私の予想を遥かに超えていた。あんなに元気に。すごい人なんだ。

大宮、行きたかったな。

拓郎さんはすごいですよ。見事に修正してきた。
大宮に行った人からメールを頂き、その場に立ち会えた人が羨ましいと思いつつ、とっても嬉しかった。

この横浜の満ち足りたステージは、一つ一つ会場を積み重ねながら、完成した2016年ライブなんだよ。
私は、この年、なんて素晴らしい時を拓郎からもらっていたんだろう。全4会場5公演のツアー。たった4会場でツアー?なんて、あの時一緒に過ごした人は、決して言わない。
全公演見ることの出来たラッキーな人も、1会場しか行かれなかった人も、どの会場にも行かれず、アルバム発売まで待っていた人も、みんな一緒の時間の中を走っていた。
千葉から横浜までにあったもの。私は何を感じ、思っていたのか。かけがえのない時間を過ごしたはずなのに。
見た、終わった、さて、次!みたいなこと、私はしていなかったか。していないか。ご馳走さま、と、皿を押しやり、次の料理を待つようなこと。

残された時間は少ないのだから、次を早く!と急かすけど、だからこそ、これまでを大事にしなきゃならないのかもしれない。
LIVE12,14,16‥‥CD聴いて、どっちだっけ?と、そんなの私だけか。

入院のベッドの上という休暇みたいな非日常の中で聴くから、こんなこと思ったのかも。家に帰ったら、またブータラ、ラジオについて行けない!今の私の拓郎熱は冷めている、などというのかな。

「風に吹かれて」は、確かにそこだけ切り取って保存しておきたいような場面かもしれないけど、テレビやスポーツ紙て、そこばかりを取り上げるのが、ちょっと悔しかったよね。
古希 投稿者:Ryan 投稿日時:2017/11/14(Tue) 21:33 No.12  
「人生七十古来稀なり」
70歳まで生きることは滅多にないことだ、だから、古稀=古希

「加川良さんも、遠藤賢司さんも、1947年生まれだったんですね。
47年生まれは、あと、小田和正さんとビートたけしさんと・・・昭和22、23、24、団塊の世代がひしめき合う。
拓郎の21年生まれは、微妙に団塊の世代とは言わないんだよ。

70歳で死んでしまった人は、ごく稀な古稀を迎えたことになるんだろうか。
還暦は満だけど、古稀は数え年でいうのだそうだけど。


この間、娘のところで、年の話になった。
ママの古希、どうするの?・・・どうするのったって、私が決めるのか。
娘の旦那さん(なんと書いていいのかわからない。婿さんとは、絶対呼びたくない)のお父さんも私と同い年なので、一緒に温泉でも、と娘の旦那さんが提案する。
内心思う。そんなの面倒だなぁ。一歳下だという向こうのお母さんの古希も一緒に祝うなら、一歳下だった、亡くなってしまった夫の「生きていたら古希」祝いでも一緒にして欲しい。子供と孫達だけで。
何にもしなくていいけどね。70歳なんて、今や稀じゃないんだから。

早すぎる死という。でも、それは周りの人が言うこと。もう少し生きていたかっただろう、生きていて欲しかったという・・
本人にとって、それが早すぎたのかどうかはわからない。
何年か経つと、その時がその時だったのだと思えてくる・・・


その杜甫の詩は、こういう詩の続きなのです。

「酒債は尋常行く処 に有り」
 酒代のつけは私が普通行く所には、どこにでもある。しかし、70歳は・・
 酒代と並べる?
ミルクティ 投稿者:又三郎 投稿日時:2017/11/14(Tue) 17:50 No.11  
しばらくは冷静に受け止められなかった。
高校の先輩…PAで一緒に回った街々…赤いミリタリー…D35…道玄坂ワルツ…
加川良さんに続き遠藤賢司さんも。

ニール・ヤングは遠かったけど、
一つの才能ではあった!
ある時から意固地になり過ぎた…

♪もっといっぱいの ミルクティを飲ませてあげればよかったわ
 だって あなたがそんなにはやく そんなに遠くへ 行くとは思わなかったから…
追悼 投稿者:又三郎 投稿日時:2017/07/31(Mon) 17:13 No.10  
♪御茶ノ水から竹橋へ 辞書をひきながら…

全く違う世界と思っていたけど、
まわりまわってみれば同じ位置…だったりして。
19何年の歌だったんだろう、妙に心に残ったフレーズ、
詩もメロディーも、今も忘れなていない。
死ぬほど嫌っていたのにねぇ。

君を迎えに御茶ノ水から竹橋へよく歩いた。
もちろん辞書なんか持っていないけど。
いつでも夜で、寒くて、マフラーに顔を埋めていたよう記憶。
昼も、夏も、歩いたはずなんだけど。
そういえば、道すがら神田共立講堂があったね。

The Times They Are a-Changin'
ぬかよろこび 投稿者:冬の雨 投稿日時:2017/07/01(Sat) 21:58 No.9  
購入直後に取説を失くして以来
放置していたTAKURONICLE
介護リフォームのため大掃除していたら
あったー!ありましたー!
あらぬところから取説が出てきましたー!

早速SDカードにmp3を保存、
ほぼ8年ぶりにTAKURONICLEを起動!
・・・・・
映像のみ流れてゆく
・・・・・
無音
なにをしても無音

日も暮れよ、音も鳴らず
月日は流れ、デジタルフォトフレームは壊れる
No. 削除キー

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